2026/5/9
東京へ。晴香の家族の集まり、庭の食事会へ。新百合ヶ丘の丘の上の山を削った住宅地に、細かいところまで手間が行き届いた素敵な木造住宅の、広くはないがきれいに手入れされた庭にテーブルを出し、料理を並べるとそこに木漏れ日が落ちた。ワインを何本もあけて、昼から夜まで。庭の、春の花はもう終わりかけだけど、シャクナゲの赤い花がまだ残っていてその花を背景に93歳のとうぞうおじさんが日本酒を飲みながら、故郷の鯵ヶ沢の話をしてくれる。西に陽がかたむくとシャクナゲからもれた光がとうぞうおじさんを後ろから照らし、こちらに差してきた。
新しい家はホルムズ海峡の情勢で見積もりがどうなるのか、はたして建つのかどうかも宙ぶらりんの心持を建築家に送ったら、こういう厳しい状況だからこそできる建築がある、むしろこの時にしかできないチャンスにもなる、建築とは何時でもその状況のせめぎあいがカタチとしてあらわれてくるのだからと、そういった言葉で励まされた
2026/5/6
GW最後。飯舘村のフットパスを撮影しながら歩く。原広司対談集読んでいると漱石「それから」の話題に。映画のホン・サンス「それから」も思い出したので、買って読みだしてみる。資本主義が日本に根付いて社会の変化に揺さぶられる明治の人々の様が今を逆照射するのだろう。晴香のたけのこの春巻き。
2026/5/4
歩きにきたつーちゃんが泊まって夜食事しながら話していたらリカさんとゆうしくんがふらっと立ち寄ってくれて翌朝歩きにでるつーちゃんを広野で見送る。旅人を見送るときの特別な寂しさ。さきちゃんのとこに向かって、薪割り。外でしゃがんで排便したら、風が竹を揺らす音をきいて、久しぶりに自然の静けさの只中にいた。これがわたしが自然と同期する時間の感覚だった。双葉のファミマで買ったご飯食べて、さきちゃんと晴香と新しくオープンした復興祈念公園を歩く。歩いて回るフィールドミュージアムという作りがトレイルと連続する。原子力災害伝承館ができて足りないと思っていた要素がこれでようやく補完されたという感慨深い気持ちに。体験する流れも静けさもとても良かった。夜はやすまささんに呼ばれて食事会、ふみさんのおいしい料理をいただきながら楽しい時間も花粉がひどすぎた。20時前には送ってもらって帰宅。今日会った、愛しい人々。
2026/5/2
なかなか疲れ取れず。あく抜きしたたけのことコシアブラをハルカが天ぷらにしてくれる、最高。春菊もナムルにする、たけのこの炊き込みご飯も作る。アマプラで「罪人たち」観て、ふたりともポカンとする。柳澤田実の映画評読んでなるほどなと思いながらも意味に埋め尽くされた映画の解釈に息苦しさを感じる。ノーラン映画も意味が分からなくて謎解きしないと映画を鑑賞したきになれないのもついていけず、あとで解説を読む気にもなれない。複雑なストーリーを追いかけるのが苦手ですぐあきらめる。そしてわたしは「ワン・バトル・アフター・アナザー」が柳澤評になるほどなと思いつつも良かったといいたい。
2026/5/1
もう5月。モクレンも桜も結婚式も過ぎた。東京の撮影から帰ってきて、もういやだ。さすがに疲れた。動けなくなって寝て起きてまた寝た、起きて17時。大雨がやんだようだ。たけのこのあくぬきしながら。静かに日記書く。
2026/4/4
また東京、最後の衣装のあわせ。これでおおかたの手続きはおわりか。楽しむのみ。
原広司は子供のころ空襲で川崎から伊那谷に疎開した。田舎の深い谷間に移り住んだ。
「谷間に屋根をかけるとそのまま建築になります。そこで発生するのが雲です。雲が自由に動くように、人がうごいているのが李白です。谷間に川がながれているということ、そして同時に雲のように自由に動く動き方があるということ、浮遊に対してトレースという概念があります。建築は雲をトレースします。」と語っている。なにをいっているのかわらない、空のうえの言葉が、読んでいて気持ちがいい。
2026/4/3
あたたかくなってきた。コブシが満開。東京に遅れて桜も咲き始めた。車で走ると生えてきた新芽の緑色がみえてくる。一年で一番好きな色のひとつが、ここ数年は春がきたことの季節に後れを取っていて、せっつかれるような落ち着かない気持ちになる。結婚式の準備は最終段階を迎える。大工のやすまささんにはとてもお世話になって、木を切らせてもらったり、りなかちゃんに髪をととのえてもらい、子供が膝をすりむいて入ってきて、なおさんも髪をカラーしていたら店内に入ってきて引出物の缶のはなしした。ほぼ占い師の三瓶さんに朝起きるとガッツポーズすると運気があがるといわれて、今朝起きてガッツポーズした。
2026/3/29
移住者向けシェアハウスkashiwayaでやっていた"移住促進のささくれ表本展"をみにいった。そこには移住にまつわる移住者、地元住民の違和感や正直な気持ちがワークショップを通じて付箋に無記名で書かれて模造紙に張られて展示されていた。なかなか刺激的な内容で、見ていてつらくなったし一緒に行った友達のお母さんもショックを受けていた。というのも、この付箋に無記名で張るという手法はほとんどXをはじめとしたSNS空間の言葉の投げ込みと変わらない印象。友人のお母さんはSNSの免疫が無い。SNS同様ワークショップで付箋を用いて無記名で書くという条件下ででてくる言葉は限定的だ。付箋の断片的な言葉の外側にはわたしが移住して暮らしてきた広大で豊かな時間が広がっている。この狭い言語空間の外に出て、まずは空気を吸う、そのためにはなにができるだろう。よいテーマをもらったきがする
2026/3/28
ハルカが町に提出する報告書のしあげでいっぱいいっぱいでその横で洗濯掃除、BTSのドキュメンタリーを2周する。LAの海のそばの木漏れ日が落ちる庭でキャッチボールするテテのカットから韓国が恋しくなってサムギョプサルの肉のアップになってソジュの瓶が並ぶ切り替わりに胸がいっぱいになって何度も止める。アリランというタイトル、コンセプトもLAで制作合宿したことで持ち上がってきた。移動と空間がアイデンティティを揺さぶる。RMが言うように自分たちは韓国の田舎者であることはいつまでも変わらない。変わらないが世界一のグループでもある、そのギャップは埋まらない。埋まらないまま泳ぐ。
2026/3/26
雨の中車で税務署へ。大友良英のジャズトゥナイト。マイルスとモンクの喧嘩セッション。考え事してて車窓の景色も流れるばかり、気づいたら曲終わってた。午後はウサミと報告書仕上げ作業をリーベテーブルにて。バイトのスタッフの女の子たちが仕事終わりでカウンターの席でわいわい雑談してゲラゲラ笑ってて気持ちがいい。
2026/3/25
バスで荷物が多くてなかなか降りれない夢。仕事こなす。もう割り切って仕事で時間を埋めてやりまくることしか自分の健康が保てなくなってきた。
2026/3/24
うまくいかない日。
一人で報告書作っていると煮詰まる。はるかが帰ってくる。はずかしい気持ちになる。
2026/3/22
日記いまだから書ける。じきにまた書けなくなる。仕事に追われて風景が目に入ってこなくなって、柳澤田実曰くメタ視点がうしなわれて「今ここ」にべったり張り付いて離れられなくなった状態。メタ視点を保つ方法がこうして書くことだ、という。政治も災害も遠くの戦争もメタ視点がなければただ通り過ぎるだけ、すぐに忘れて、思い出すこともできない。
ごみを捨てに行く。ペンネつくる。はるかは締め切りまじかのイラストの仕事で徹夜。
2026/3/21
野辺地に住む玲子さんと祐成さんの車に乗せていただいて、入院中のハルカの祖母と面会。顔を近づけて声をかける。はじめまして、晴香の結婚相手です、カメラマンしてますといったらビクッと身体を動かした。青森のまだ雪が残る風景を眺めて、この地縁をありがたく思う。残りのわずかな時間ではじめて三内丸山遺跡を訪れて、急いで新幹線にのる。仙台から常磐線に乗り換えると椅子の暖房がききすぎている。原町でもういちど乗り換えるとNetflixのBTSカムバックのライブ中継がはじまってイヤホンをつける。現在で最強のグルーバルグループと化したBTSの再活動のタイミングで出すアルバムタイトルが「アリラン」。
2026/3/20
東京。新宿を歩いてタイ料理屋へ。帰ったら日米首脳会談の映像。結婚式の打ち合わせをして新幹線で青森へ。ずっとキーボードをカタカタしてる。数年前まで、新幹線でノートパソコンをカタカタしている人を気の毒に眺めていたが、今はわたしがそうなった。車窓をながめることもなく、外はもう暗い。急にユニコ 特装版 (上下巻セット)を買うか悩む。
2026/3/18
4月から末続駅の駅の構内でカフェ営業がはじまる、そこにFCTの紹介コーナーを設けてもらうので見学と少しだけお手伝い。駅のホームからそのまま入れる。つつじの時期になれば窓ごしに花の色がたくさん入ってくる。電車を待つ人が窓枠に切り取られて風景になる。
2026/3/17
いまいち調子がでないですごしていたらもう一日が後半に傾いていき、夕方がすぐ目の前。イセキが岡山からの帰りでうちによってそしたら坊主になっていてかわいい、宮下さんが東京からいらして、つばちゃんもきたから、夜はにぎやかキムチ鍋をつついた。宮下さんは最後まで日本酒を重ねて、わたしは途中で風呂に入って出てくるとまだ続いていて時計をみたら1時を過ぎていた。わたしは先に布団に入るとすぐ朝がきて、みんな早起なのに平気そうにしている。
2026/3/16
朝、棚卸作業でみんなと、午後はガイドブック打ち合わせ等。Xがカオス、はるかは夕方からはじめて今日一日で確定申告作業。ガンモの煮物、大根と牛肉の炒め物。新しく建てる家の断熱基準は4。友人とのLINEグループではアナーキズムについてのやりとりはじまってまだ続いている。
2026/3/13
寒さがしつこいが庭には春の小さな花が咲いている。松本大洋「東京ヒゴロ」もう一度開く。現代(いま)の東京を描きながら、まるでフィルムで撮られたような過去の東京が重なるというのは「ケイコ目を澄ませて」に似ている。いろんな人と電話。遠いひとから。はるかは神戸。夜にめずらしく扉から外にでてリーベテーブル、なおさんとカウンターで話ながら飲んだ。ペンネとハイボール。ずっとブルーノ・マーズがかかっている。
2026/3/11
15年目の3.11。15年その分みな年をとった。その間だいぶいろんな人々が死んでいった。両親の写真に手をあわせて、最近こんなことがあった、トランプうんぬんかんぬんと報告したいことがたくさんある。この日だけは近いひとたちと楢葉を歩いた。歩くことはただ歩くだけで、この日に特別なことはしたくないので歩くくらいがちょうどよいと思うようになった。北風が強くて風をよけると陽の光のあたたかさが感じられた。フキノトウをちぎってビニール袋にいれると坂を下る目線の先に海がみえてくる。
2026/3/8
はるかと小さなことで朝から口論。わたしはいえからでず洗濯物を花粉をきにするので室内に干す。ぶあついズボンは窓際に。確定申告をぎりぎりまで追い詰める。でてきた確定申告書をながめながら、悪くない仕上がりだと思った。過酷な来年を思って、原油も物価も高くなる、イランの戦争がどこまでいってしまうのか。家を建てるのだけどどうなっちゃうんだろう。深く考えない。
2026/3/6
めずらしく浪江で飲むことになって、元気のいい人たちからもっと自分らしさを出していいとはげまされた、同席した写真家と二件目にいった。翌朝はるかは二日酔いで、布団からでられず、確定申告作業。
束の間の読書。ブラッサイ「プルースト/写真」ペラペラ。「存在し得たかもしれない、存在しなかった者」という言葉がでてきて、これはヴェイパーウェーブの最中によくいわれることだった、ある人がプルーストに送った写真の裏に書いた詩の一部らしくプルーストの生涯の主題になったという。人は存在し得たかもしれない、存在しなかったものにとらわれ、その幻影を追いながら、うっすらと呪われて生きていく。
2026/3/3
気温が上がって、吉祥寺の井の頭公園両家挨拶の食事。姪のみのりがはるかの妹とボートに乗って手を振っている。湖に太陽がキラキラと反射して奇跡みたい。その日はイランが大変で、いまは福島に戻ってきた。今年は結婚もして家をたてNPOも大きな変化を迎えてこの先どうなるかさっぱりわからないこのまますんなりいかないどうしようもなく大きな変化にさいなまれるそういう時代がいよいよきた。
2026/2/27
かみきった。じぶんをケアしてあげないと。シャンプーはメリットを卒業しないと。体調にきをつかって健康になるとまるで別人みたいになる。そんな几帳面なやつが面白いとはおもわないなかば滑稽だがそんなこといっている場合ではないので、朝走った。
2026/2/19
アル中、Toutube、引きこもり。ききてきなじょうきょう。今日は撮影仕事にでる。子供たちがいて、人前で、普通に元気なようなひとみたいに振る舞っている。はるかが能登から帰ってきた。わたしはこれではよくない
2026/1/21
今日はわりと元気。アルコール依存症の気。
2026/1/8
2人で指輪を受け取り、衣装の試着を4着選んで、鏡の前に何度も立つ。式・披露宴の打ち合わせ。東京も寒い。やることたくさんやって岐阜屋。トマトと卵炒め。ここのきくらげのコリコリした触感。気慣れないコートに重い荷物。帰りの電車で寝る。
わたしは昨年は一昨年に続いて大変な年になった。わたしはこれまで一人で好き勝手生きてきたのだということを、全方位からつきつけられた一年になった。
2026/1/4
三が日は年末に間に合わなかった大掃除を三日間かけてする。寒い日が続くが、三日は気温が上がって昼間は窓をあけてほこりをそとに追い出した。誰にも会わず、どこにもいかず、家ではるかと二人で鍋をつついて、酒を飲んで、はるかは酔うとはやく寝てしまう。