2022/10/1

​土曜の朝。楢葉町歴史講演会をききにいく。作家の穂高健一さんによる「浜通りの戊辰戦争」。戊辰戦争は薩長と会津の歴史ばかりが偏って語られすぎているが、広島の藩士(新機隊)が多く参戦していたし、会津だけではなく浜通りでも激しい戦闘があったことはあまりに端においやられている。明治以降の大きな物語(皇国史観や英雄譚)に回収されすぎた歴史観を、広島や浜通りの地域史を掘り起こすことによって書き換える必要がある。といった熱い内容。

続けて夜は湯本のミニシアターKURAMOTOで「WANDA」鑑賞。バーバラ・ローデンによる70年に撮られたロードムービー。アメリカではほぼ黙殺され、長らく封印されていた傑作とのこと。乾ききった骨みたいなからっぽさが真空パック。主演のバーバラ・ローデンの無気力さがかわいくてかわいいのが哀しい。藤城さんとしばらくおしゃべりして帰り。車内で宇多田ヒカル「Live Sessions from Air Studios」。これLP欲しい。

 

 

2022/9/30

​全然むりで起きられない。バラバラになった服をたたんで整理。毎日部屋に入ってくる陽ざしがまぶしい。ボトルツリーに水やり。朝のコーヒー。新しくしたミル。中林さんからスピーカーをつくったから送るから買ってくれ、一万円で、という電話。FCT(ふくしま浜街道トレイル)ミーティングの間、横目で大谷の投球が気になって仕方がない。興奮した。

シェアハウスKASHIWAYAで森くん退室につき食事会に参加。カレーで大汗。その後商工会青年部の打ち上げ。うちの子供がなかじとサッカーしてなかじを気に入っているのがむかつくといわれてうれしい。

2022/9/29

​洗濯、昼からカレーつくる。ジャッジの61号を目撃。小泉義之「デカルト哲学」。自分が考えたいことをいまいちど整理するために本棚から引っ張り出してくる。読み返すのは3度目。その他思いついたのはベケット「伴侶」とバルト「明るい部屋」の3冊。あたらしいズボンはいて、ならはCANVASで読書。立ったり座ったり、背伸びしたり。

2022/9/28

​秋田の角館という駅にはじめて下車。アーティストの臼井さんが秋田でする展示に関連した撮影。角館には樺細工という、桜の樹皮をはいで素材とする伝統的な工法がある、実際に樹皮をはぐ現場を職人さんと森にはいって撮影。今回はとんぼ帰りだがまた行かねば。臼井さんと新幹線でおしゃべり。仙台で下車して夜の車と音楽。

2022/9/26

晴れた、日の出をみにいく。低い雲で太陽は顔を出さない。ゆっくり目覚めていく海。午前はみんなでKASHIWAYA畑仕事。買ったばかりの長靴とグローブ。昨日までの雨が泥になって靴底にくいついてくる。

ジョン・ウォーターズはカルト映画の監督の印象が強いけど「ヘアスプレー」以降はメジャーで成功してアメリカではかなりの有名人なのだという。マニアックな存在ではない。本人はアウトサイダーではなく、インサイダーになるべきと言っている。もうアウトサイダーの時代ではない、大衆に潜り込めと。初期のピンク・フラミンゴの頃から汚辱のテロみたいな映画でありながら、じりじりと大衆を蝕む欲望のキモをつかんでいて、エンターテイメントの説得力がしっかり感じられる。この安定したメジャー感は辛ラーメンでありキンパでありBTSを思わせる。あー、ほんとに時代が変わったのだ。

2022/9/25

大雨、すごい湿気、エタノールでカビの洗浄、掃除機。書類整理。CrushがJ-hopeをフィーチャーした曲のインタビュー。兵役を2年務めてでてきてすぐ2日でステージに立ったそうで金髪にしてかつてないハイテンションらしい。兵役の是非はともかく2年もの間、それまでの自分の属性をすべて断ち切った世界に身を置いた。抑制されれば、当然吹き出すものがある。ロングトレイルにも似る、すごい経験だ。

引き続き赤ワイン飲んでジョン・ウォーターズ「フィメール・トラブル」鑑賞。ギャグがさえまくり、結婚式のシーンで爆笑。一番好きかも。なんとすごいシルバー・ウィーク3本立て。夜の散歩しても頭冷えない。

 

2022/9/24

今年のスキャンデータ見直して整理。一枚プリントして額装。額を注文したくなるが今はそれどころではない。またネットで転がってるジョン・ウォーターズ「ピンクフラミンゴ」鑑賞。なんてすばらしいのだろう。「地獄のアメリカ横断ヒッチハイク」にもでてくる卵が大好きなママ役のイディス・マッセイにディヴァイン以上に親しみ。「デスペレート・リビング」でもイディスの女王様役が忘れられない。音楽の使い方も素晴らしいし、とにかく「俺たちの毒でこの家の本心を引き出すんだ」と言いながら家の家具をなめまわすシーン以降は全てが神がかっていて映画の奇跡、この奇跡に感謝。夜は赤ワイン開けて、豚バラで和風だしのカレー。

2022/9/23

午前、役場に電話いろいろかけたりしてると仕事してる人らしい雰囲気がでてくる。ネットに転がっていたジョン・ウォーターズ「デスペレート・リビング」鑑賞。さわやかだなあ、のひとこと。ジョン・ウォーターズは食わず嫌いだった。学生の頃、ピンク・フラミンゴとかそういうカラフルなカルト映画が好きといっていた人たちを勝手に呪っていたからだった。ヴィレッジ・ヴァンガードとかの演出されたヤバい感じが信用ならなかったのにも関係している。いまになってみれることに感謝。続けてユ・アイン主演の「声もなく」。途中から感じる是枝くささに好きになれず。ドラマのストーリーを追うのに疲れてきて、なぜかホウ・シャオシェン「フラワーズ・オブ・シャンハイ」ブルーレイで注文。

2022/9/22

台風が過ぎて気温が下がった。役場をまわってご挨拶。営業の人みたい。うまくしゃべれなくて汗かいた。

東北の震災以降みなまじめになるしかなくて、ポリコレ化が加速する一方で、「厄介者のススメ」というジョン・ウォーターズの本をネットの端でちらみ、コメントを坂口恭平が寄せていることからもわかるように今は表から消えてしまった悪趣味・変態表現はこの時世においてますますさわやかな清涼剤として「とくだん不満はないけどなにかもの足りない」という厄介な症状に効いてくれるはず。特に地方。若い人と鑑賞会しようかな。

2022/9/21

赤坂真理の朝日の記事を読みながら、自民党はいよいよどうなるのか。それにしても森くんと10日間歩いているあいだ、民宿の朝飯時に流れるテレビからは、この国の絶望的な未来しかきこえてこないという日々で、ゴダールが死んだというし、空が雲で陰ると、足も重くなって、なによりザックのベルトが肩に急にくいこんで感じられて、若い森くんと話すことも少なくなっていった、そんな中でも歩くことの意味、意味というか、歩くことに意味はないのが前提だけれでも、こうして暗い中を歩くとよけいに一歩一歩が小さなロウソクのように光ってみえてくるようで、助けられた。歩くことが各所でトレンドになるのは、時代が暗い証か。せめて目の前の足元でも照らすためか

2022/9/20

午前テキスト書き。ご近所の猪狩さんから電話あり、着替えてすぐに向かう、野菜の収穫、段ボールにぎっしりと野菜をいただく。なんてありがたいことだろう。午後はほうぼう連絡。恭司さんとひさしぶりに長電話。恭司さんはゴダールの死をご存じなく、ご報告のかたちになる。距離が離れると話せる内容も変わってくる。ますます恭司さんの活動は軽やかに。洗濯物は台風の影響でずぶぬれ。ボトルツリーの苗を部屋にいれる。ピーマン肉詰め。

2022/9/19

何もできない日曜日。スーパーいって、Netflixで「ナルコの神」、チャン・チェンに会えて満足

2022/9/18

合計で9日間、福島を新地から勿来まで歩いた。それともう一日を予備日として調査で取りこぼしたところを車でまわる。それだけ外にいたぶん帰ってきたら9月はもう後半になっていて世の中はシルバーウィークなるものに入り浜通りではイベントが多く、賑わっているのか知らないが、その音も家には聞こえてはこず、歩くことはそういう喧噪とは無縁、波の音をひたすら浴びた。話声は過ぎる車の音にかきけされて、森くんと労働者みたいに静かに晩飯を食った。予備日では森くんに小高の摩崖仏を案内し、そのあと相馬の道の調査で百尺観音なるものををみた。こちらは出来がひどいもので、でかいだけに観光地化されているのが余計にものさびしい。荒嘉明という人は、もともと小高の石仏に感化されていただろう、国を巡る旅から戻ると、この土地の石崖に眠る力を見出した。人間の時間を超越した地質学的な力を、それを表に浮かびだそうとした。ある時、稲妻のようなものが走ったのだろう。いきなり巨大な崖を削り始めた。気が狂ったとまわりからバカにされた。おまけにセンスもなかった。30年一人で彫り続けたが、完成しないまま死んだ。4代目がいまでも作業を引き継いでいるという。

2022/9/11

​福島浜通りの海側を貫いて歩く道「ふくしま浜街道トレイル」の歩行調査として、まずは五日間かけて新地から富岡駅まで歩く。数字を見れば4日目は5万歩をこえて35kmになるらしい。いろんな風景や人が過ぎて行って、サルが群れて木の陰に去っていくのもみた。歩く道は今ある道を、ここがトレイルです、と名指して宣言する、まとめていえばただそれだけであり、あとはいろんな人が楽しんで自由に歩く、それぞれ歩くひとが地域の人々や風景と出会って交流したりする、そのうち道が肉付けされて太くなって、その結果として観光とか地域づくりとか関係人口とか移住とか、そういう意味が行為に遅れて語られるようになる。このゆったりとしたプロセスが他のなにかとは違う。わかりやすい目的や結果を求めて大きな看板をかかげない。歩いても、だれもいらっしゃいませとか言わない、大きなイベントや大会とも無縁。ただ道があるだけで、足跡は消えてなくなる。この静かな感じがいい。

 

 

2022/9/4

​朝がいつもひどい立ち上がり。午前中なにをしていたかも忘れた。午後は大熊のなつ祭りへ。浪江のようこさんと待ち合わせ。櫓の下で東さんと久しぶりの再会。おみやげにインドのデカン高原から運ばれた石とボトルツリーの鉢をいただいて盛り上がる。インドの石に緑に光る透明の石は魚眼石という。大熊の明るい人々。盆踊りちゃんと何週も踊った、花火を芝に座って見上げた。帰って、卓上のライトをつけて石をまじまじと見た。Twiceの動画。

 

 

2022/9/3

麻布で打ち合わせ等、作業。ハイカーがたくさん働いていて賑やか。そこにサーファーのまるくんもいる。現地調査など準備して昼過ぎには東京駅へ。帰って大久保で買ったチャパゲッティとビール。youtubeでマチュカというゴールデン街のお店で新井英樹×高橋ヨシキ×中原昌也の飲んで喋ってるだけの動画みて癒される。

2022/9/2

ザックに荷物を詰めて、バスで東京へ。車内では昨日の気狂いピエロからの流れでランボーについていろいろ。大久保偵察。韓国食品店すごい賑わい。キンパ巻き方を観察。BTSの専門店ではすごい行列。後でわかったことだがこの日はジョングクの誕生日で、立ち飲み屋のベルクも特別にBTSしかかからない日。うれしくてビールが進んで2杯。夜は写真集打ち合わせ。ひとまずキックオフとのことでピザとビール。プリントを沢山並べて写真のいろいろ解説。写真の話をまじめにしはじめるとオカルトや心霊にいき、最後はホラーに行きつく。この要素がなければ自分には、写真が写真でなくなる。人は写真を見るときにたいがい「写真を見ている」ということを忘れている。ゴダールが気狂いピエロの中で「いまあなたが見ているのは、これは映画ですよ!」と何度も呼びかけていたことを思い出す。人々は写真が写真であることを忘れてしまう。写真をみるときは、閉じた眼をもうひとつ開くこと。

2022/9/1

なぜか体調がいい。打ち合わせに向けて写真プリント。

先週に引き続き、いわき湯本駅のミニシアターKURAMOTOにて、ゴダール「気狂いピエロ」。とうとう見た。勝手にしやがれから5年も離れているらしい。その分確かにベルモンドは年をとった、アンナカリーナが若くて若さ極まる顔面ドアップがせまる。映画というものがあると、単純に、現実は2重になった。夢みたいな映画っていうか映画それ自体が夢だ。現実と映画と戦争は輪郭はぼやけて混ざり合う。冒頭、ベラスケスの絵画がそのように語られる。ぼーっとしてくるとゴダールが何度も「これは映画だぞ」と警告してくる。最後はランボーの詩だった。

「とうとう見つけた!なにを?永遠を、それは太陽に溶け込んだ海」きれいな南仏の海、感傷のないテクニカラーの海。

2022/8/26

午前中は今年度はじめて楢葉町の歴史講座に参加、ご高齢のみなさんとバスに乗り込む。解説してくれる方の声が小さいのでよくきこえない。おばちゃんと雑談しながら、次回は辛みそをいただくことを確約。午後はFCT現地調査の準備など。車でいわき、車内はBLACKPINKの「THE ALBUM」をでかい音で。「Lovesick Girls」は最強。

藤城さんのご案内で湯本駅前ミニシアターKuramotoへ。ゴダール「勝手にしやがれ」の4Kレストア。大画面で最高贅沢。映像のなまなましさに圧倒されてはなしが追えない。「海が好きか?山が好きか?都市がすきか?勝手にしやがれ!」とベルモンドのセリフではじまる。ベルモンドとジーン・セバーグはたがいに質問しあってそれに答えたり答えなかったりしながら会話が進む。話してもどうせ伝わらないし、互いにじーっと見つめ合ったからといって相手のことなんて見えてこない。きかれたからといって質問に安易に答えないことが重要。ジーンセバーグは作家の記者会見に記者として取材、やっぱり質問してはぐらかされたり、最後になんとか答えを引き出したりする。

「あなたの人生における最大の野望は?」「不老不死になって死ぬことだ」。

2022/8/25

トレ研FCT(ふくしま浜街道トレイル)ミーディング。現地調査として全線歩く予定をあれこれ。スキャン、編集作業。NewJeansとBlackPink。BlackPinkの「Lovesick Girls」は最強、鳥肌たってしびれてしまう、というかシンディ・ローパーを思い出すガールズパワー、と思って調べてみたらモロだった。夜、きゅうりを受け取りに塩塚さん来宅、晩飯いっしょに食う。ここはストレスを発散してもらう場所。

2022/8/24

ピーターバラカン、NHK-FMのウィークエンドサンシャイン3週連続で1972年特集。3回目はライブ盤のみからのセレクト。大名盤といわれる、ダニーハサウェイのライブ、知らなくてはじめてきく。これをきけくだけで世界は平和になるのではないか?と素朴に思ってしまうほどのポジティブさに感動。その他、BlackPinkの新曲にも驚いたし、HYPEからデビューしたNewJeansの3曲がどれもすごくてしばらくきく。夜はDOMMUNEで村崎百郎特集。

 

 

2022/8/23

​激しく寝違えたが、頑張って撮影仕事編集、午後はフィルムスキャン。写真がまたよくなっている。首が痛いので天神岬の風呂へ。スーパーでりょうくんと会っておしゃべり。帰って引き続きスキャン。Dommuneのみんなでレコードきく番組が好き。小島信夫「奴隷の寓話」この本は軽井沢の小屋から持ち出してきた、「わたしの作家遍歴」シリーズの3巻め、読み進めるほどにますます混とんとしてわけがわからないが、読めば先に進んでしまう、小島信夫の姿勢として「正しいと思うことを伝えようとしているのではなく」、「意味ありげなものに近づいて、意味のにおいをかぎとろうとしているのである」というくらいだから、読むほうも意味を読み込むのではなく、においを嗅ぐくらいのつもりで読まねばならない。

2022/8/22

二週間ぶりに福島に帰ってきた。香川の一週間、毎日建築を渡り歩いてうどん、酒を飲んではなしまくった。高松は空襲を受けて焼野原になったからその後建築が復興のシンボルになった。名建築が多く、建築の街といっていい。香川県立体育館は丹下健三の設計で、1964年竣工。構造の問題があり使用は中止。巨大な船が陸に座礁したような異様さ、住宅がすぐ迫って建っているので、さながらゴジラが街を襲来しているかのようにみえる。壊すか残すかの対立ではない。体育館としては使い勝手は悪かったそうなのでそれを名建築といってよいのかという声。屋根と一階部分を取っ払ってしまえば自重がかるくなって耐震の負担は軽減、自由にその下を回遊できる広場になる、印象的な形だけを残す、彫刻のようなものとして、いや、彫刻では言葉が足りない、体育館を評判の悪い「建築」のくびきから解放して神話的な「アーキテクト」にぐっともちあげるのだ、などと磯崎の言葉をつないでみる。最後の朝にコーヒーを飲みながらそこまで田中先生と話して帰ってきた。あー楽しかった。楢葉町は涼しい。

 

 

2022/8/16

昼はトレ研オンライン打ち合わせをゲストハウスから。今日はフリー。個々の芸術作品より都市の無意識を、という思いで丹下さん設計の一宮団地、県営の団地でかなり古いが現役で人が住んでいる。外を歩く人はおらず、外壁は黒ずんで、庭は雑草伸びまくり。丹下健三設計という署名が、日々の生活時間の積み重ねの中でいさぎよく消え去った、すがすがしい佇まいに感動。帰りに古着屋で赤いロンT買う。

2022/8/15

高松空港から香川。ピクミンブルーム片手に知らない町をゆく。丹下健三の船の体育館の保存活動の展示、設営、撮影終了。田中先生、地元の建築家の方や学生と連日飲み。

学生は皆あまり喋らない。知らない人と何を話していいかわからないらしい。

まだこちらの海を見ていない。瀬戸内芸術祭の作品をめぐるより優先してみておいた方がよいものがあるような気がして、考えている。

2022/8/12

​東京で撮影、終わって楽しい食事とワイン。翌日は実家の車で軽井沢の山荘へ。父が病気なので山荘に来れず、溜まった落ち葉を払うとテラスの木材が腐って朽ちている。床を掃除、雑巾がけ、布団干し、風呂トイレ掃除、バラカンラジオの1972年特集。夜にようやくせいじと後藤くん着。マンドリンの音。ワインとゴーヤの夜。中林さんくる。焚き火とカレー。BTSの良さは当然伝わらない。中林さんの「人間40代が一番すけべ」という言葉に身がひきしまる思い。翌日はみんなで朽ちたテラスを部分的に補修、全体を塗装。午後はセゾン美術館。キーファー「革命の女たち」はじめて中に入れてもらう。フランス革命で「自由とか幸福という言葉が生きものになった」とは小島信夫。つまりそれまでは自由も幸福も「生きもの」ではなかった。「生きもの」ではなかった頃のことを想像することが難しいがそうだった。その時代のはざまに「革命の女たち」はいまでも挟まれたまま鎮魂を待っている。しかし鎮魂どころではなく、ここにきてますますその叫びは高まっているだろう。

みなが去ってひとり、のんびりする。歩いてパン買ってくる。大叔父の本棚から、小島信夫「奴隷の寓話」ひっぱり出して余った白ワイン。タゴールの詩もパラパラ。夜の雨と多少の渋滞。難民生活前半戦が終わり。

2022/8/7

​ワクチン副反応、多少の熱と関節のほのかな痛み。いわきからバスで東京へ。バスの中でなぜか「ブギーナイツ」多分初見。どのシーンも愛おしくて最高。フィリップ・シーモア・ホフマンの若さ。リコリスピザ主演の息子をみたばかりだから感慨。AV男優の主役を最初はディカプリオがやるはずだったのがタイタニックに出ることになり降板したという。いまだに最も降板して後悔している作品だとか。ウルフオブウォールストリートなんかより断然こちらのディカプリオが見てみたかったと想像。東京の電車、バスを乗り継いで実家へ。

2022/8/6

​ワクチン3回目の接種。午後はじっとしている。前の日の飲み会、久しぶりに下品でセンスのない下ネタをきかされて、思い出して暗いきもちに。全てを無かったことにして部屋の空気をまるごと入れ替えたい。そのためにも映画ビーチバムを配信で再見。ほんとは波倉の花火に出かけるはずが、ワクチン副反応だし、気分がそれどころではないのでやめておく。次の日も副反応で多少熱を感じながら、何度も何度も思い出しては、今日から出張で楢葉を2週間離れるそれで荷造りしたり台所を片付けてゴミを整理したりしている間も思い出して、何度も嫌な気持ちに。

2022/8/4

​アメリカからきたジャーナリストのスティーブンさんの取材に同行、相澤さんが通訳を担う。楢葉では役場の松本昌弘さんに。いわきでは観光課の松本さんと大和田さんに。宮城県の雄勝で防潮堤の建設反対を訴え続けるも、完成したことで故郷を離れいわきに移住した高橋さんに、それぞれお話しを伺う。普段の生活の上ではなかなかきくことができない内容に衝撃をうけること多数。防潮堤に関してはこの国の硬直した状況、身動きの取れない構造的な問題をあらためて突きつけられるようで暗い気持ちに。英語は全然だめだし、灰色の海。

2022/8/1

​朝起きて、筋肉痛ひどい、日に焼けた顔の皮がむけはじめる。午前、大谷スリーラン。スキャン作業。インスタアップ。役場にいって、取材のお願い、その方はフジロックにいっていて今日はお休み。置手紙かく。それとさぼっていたワクチン3回目接種手続き。その他雑事いろいろ。家の前の草取りするの忘れた。引き続き、顔の皮をむく。

2022/7/31

7月が最後の日になった。昨日まで飯豊連峰歩いてきた。山の上もすごい暑さ。きつい山だった。いっしょにおりたひとが登山口に着いて「二度とこない」と言って去った。自分はそうは思わない。体が茹ったように熱を出している。沢にいって冷たい水に顔をひたした。帰って日曜昼、疲れ取れず、筋肉痛。洗濯。窓あけて扇風機。メール送る。

ボーダーランズで生きのびるためには

きみは境界なく生きなくてはならない

十字路になりなさい。

(グロリア・アンサルドゥーア)

2022/7/20

BTSとかのアイドルやミュージシャンが新しい曲を出すとyoutuberがそれをききながらリアクションして盛り上がる動画をリアクション動画といって、それをみはじめるとどこまでもいってしまう。WhatchaGot2SayというBTSをきいてアメリカの黒人3人がリアクションする動画。J-hope新曲とかPSYの「THAT THAT」はリアクションも最高。ホビの新アルバムあらためてきく。飯豊山の計画。天神岬の風呂。写真仕事、編集して送信。酔って暗闇散歩。夏のナイトクルージング。

 

2022/7/19

コンビニで金をおろして、税金まとめて払う。郵便局で口座をつくり今後は自動引き落としにする、その書類も提出。スーパー買い物。ゴーヤーチャンプルー。自作ポテトサラダ、レモンがよく効いた。たばこ買いに、夜の暗闇散歩。ゆっくり「アーキペラゴ」読み。ヘルツォークからはじまった、詩的モードの枝が伸びて、ひとり歩きがはじまってきた。人ひとりのクロノスな時間感覚から跳躍して、急上昇する。その足がかりをこの本では「踊り場」と呼ぶ。そこからむこうがわの時間を、つかまえられないけど、わずかに仰ぎ見るくらい。詩がそのためにあるとすると、歩くことと詩はほとんど同じ。それがヘルツォークの映画には描かれていた。「風土の響き」という言葉みつけて、昨日の「気象学的想像力」とあわせて。楢葉町の岸壁の前に立つ。塩塚さんと立ったのはおとといだった。岸壁に巨大な穴が開いていた。その足元に水が溜まっている。「風土の響き」をききとるためにも、「最後はひと」などという言葉は、わかるけどつかわないようにする。

 

 

2022/7/18

税金払い忘れて督促状きていて役場に電話したら今日は祝日だった。洗濯。片付け。日記。昼にFHT(ふくしま浜街道トレイル)のオンライン打ち合わせ。それからKASHIWAYAでりょうくんのカフェのプレオープンに。コーヒーうまい。次々とお客さんがきてそれぞれ話している。大熊の亜紀さん偶然きて楽しくおしゃべり。こんな普通のことが楢葉でできることが新鮮。

読書。こないだ東京でヘルツォークの映画を待つ間に向かいのカフェにそこは本屋といっしょになっていて、今福龍太と吉増剛造の対談本「アーキペラゴ」手にとって、買うか迷ったけど買った。席について本を開いて外はすごい雨で自動ドアが開くとすごい音が入ってくる。アーキペラゴとは「多島海」と訳したりする。海の上に千の島がちりばめられている感じ。ゲド戦記の舞台になる島々がアーキペラゴだったのでなじみがあって反応した。当然これからみることになるヘルツォークの映画とも響きあっている。本の中に「気象学的想像力」という言葉をみつけた。目の前の豪雨が、大きなイメージにつながっていく、東京。

 

 

2022/7/16

東京いって帰ってきた。ずっと雨だった。梅雨は明けてはいなかった。蝉が啼かない東京。撮影や、父の様子や、ヘルツォークのレトロスペクティブ。リヒター展には間に合わず。東京でお会いしたい人たくさんいるのだが、長居できないので帰ってきてしまう。よくアマゾンのレビューにみる、今の自分の思いに応えてくれない作品はつまらない、という断定。「わたしには合いませんでした」といって星を一点にする感覚。そういう意識の蔓延。あらゆる人や事象に対して即座に評価を下さないといられない習慣。批判することで自分の正当性を確かめ、気持ちを楽にする。批判する自分は意見をもっていると思っているがそれは意見のようで意見ではない。作品の内容に踏み込むまえに拒否する姿勢だから何を話してもだめ。そういうとき、無理に説明しようとしないこと。

2022/7/11

木野さんによる福島第一原子力発電所の見学ツアーに参加するべく東京からせいじ、後藤くん、茂木さんが来宅。ゲートを通過、防護服や手袋や靴下をはいたり脱いだり、マスクをとって息をする。IDカードをかざし、ゲートを抜けて、また次のゲートへ。想像を超えて充実したツアー内容。木野さんの丁寧な解説。目の前の出来事の途方のなさに呆然としながらも、むしろ終わって爽快とも言えてしまうこの気持ちは何か。たこ、まぐろ、あじの刺身、茂木さんのつくってくれるトマトのパスタ、チーズとももを合わせたやつ。おいしくて幸せ。みなにJMTのプリントみてもらう。翌日は帰還困難区域の撮影。茂木さんのスタビライザーが不調。家に帰って茂木さんと問答。腑に落ちないところがあるが今は言葉にならないとのことで、あとでわかったらメールをくれるという。

 

 

2022/7/9

​午前はみなで畑作業、大豆を植えて、虫対策のネットを張る。自分は鍬で畑を耕したり、雑草を抜いたりの、単純作業が好き。雨が降ってきてきもちいい、水道のホースをまとめて終了。お茶菓子食べておしゃべり。来客あるので部屋の片づけなど。残ったカレー。

 

 

2022/7/8

「ソングライン」をノートに書き写したりしてたら、安倍晋三のことがあって、TwitterからFBいったら目を背けたくなるような言葉を読んでしまい、そのうちいっせいに「民主主義の危機」などとよくわからない言葉の合唱になっているので離れることに。坂本慎太郎が新譜のインタビューで、普段からいろんなことが起きてそれに対して当然言いたいこともあるが、それを無視して楽しい音楽をつくるのではなく、大変な状況がありつつ楽しむという細いラインを模索…と書いてあったのを思い出した。

2022/7/6

東京出張り。TRAILS事務所で写真集打合せ。最近のA4プリントみてもらう。頭の中ではイーノの音楽を流しながら、前向きな話に気持ちがひきしまるが、さてどうなるだろう。事務所の冷蔵庫の音といっしょに夜。翌日はヘルツォーク「歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡」。ひさびさきた感動的な映画体験。岩波ホールがなぜこの映画を最後に選んだのか?も重なって迫ってくる倍音にしばらく唖然。九段下のロイホでランチ。夕方は後藤君と村瀬さんと落ち合って有楽町でPTAの「リコリス・ピザ」鑑賞。人といっしょに映画館いく歓び。後藤くんちでわいわい酔っぱらう。はやく帰って「ソングライン」読まなくてはと、忙しくなってきた。

 

 

2022/7/1

相馬にて、うつくしま浜街道トレイル(仮)の全体会議に出席。会議室のテーブルにプロジェクターを設置したり、明るさを調整。浜通りの12市町村に、新地町を加えた担当者が集まる。充実した資料が配られる。マイクをもって自己紹介。仮名だった名前が「ふくしま浜街道トレイル」に決定。拍手が鳴り、あたらしい子が身ごもったみたい。きもちのバランスをとるように、坂本慎太郎の新譜「物語のように」ききながら車で帰る。なんなんだこれは。

2022/6/29

部屋の中、無風だとこの暑さはきびしい。起業支援金の申請で大きな欠陥を発見、販売目的の商品の原料になるものは助成の対象外なのだという。なんとなくそうかもな、という肌感覚。今年は見送るしかないか、と笑う。スーパーいって買い出し。夜にならはみらいの塩塚さん来宅。マッコリ飲みながらおおいに語らう。いっしょにたばこすう。やっと飲み友達できたと思って安堵の夜。新月にでるという、歩いてホタルさがしたがいなかった。

2022/6/28

ならはCANVASは休館で、知らずに中に入ってスタッフの人に休館ですよ、といわれて家に帰った。ひき肉を焼き肉のたれで炒めて残っていたナムルとキムチ、卵焼きをご飯にのせてビビンバにする。ディジー・ガレスピー「マンテカ」流す夏。最高。

東京はいまでも再開発が進んで高層マンションができ、一極集中の流れはコロナでも大きく変わることはなく、この不況下にあっても地価はバブル期よりも高くなっているらしい。そこに追い打ちをかけるように気候変動。梅雨があけたらしい。これまで以上に気温が上がる中、節電が求められる。夏は東京脱出すればいい。

2022/6/27

起業支援金の作文修正。すだれを買って来て窓の外に設置。蕎麦屋みたいにすずしげ。ズボンにひっかける蚊取り線香。庭の草取り。夜はいわしの南蛮漬け。夏の味。こないだ書いたストレンジャーシングスをみた感想は、以前にNetflix版の「呪怨」をみたときの感想がそのまま引き出されただけだった。90年代という時代に自分は呪われている。だからここまで逃げてきた。

 

 

2022/6/26

浪江のようこさんがうなぎを食べにうちにきた。昼にくるので、掃除したり、便器拭いたり。こないだサイズを間違えて買ってしまった靴下をもらってもらった。ほたるが飛んでいるのを家のすぐ近くでみたという。ふたりでテーブルに向かい合って話す間を一匹の蠅がいったりきたりする。蠅は追いかけてもしょうがないから、放っておく。風が家の中をぬけていく、そんなに暑くない。

 

 

2022/6/25

午前、町に新設された移住者支援施設「KODOU」を見学に。みなさんとのおしゃべりで元気でる。夏のチャリ、大きく変化する雲。夕立、雨宿り、リー・ペリー。

 

 

2022/6/24

この二日間の大谷はとんでもないことになった。あの9回の土壇場の3ランでは画面の目の前でみていて叫んで声がかれた。その翌日はいわきのマックで注文を終えて席についてすぐに携帯をだして大谷の速報を調べたら7回が終わったところで12奪三振無失点でまた声をだした。撮影はその後うまくいかなかった。この2日間は奇跡といっていい。メジャーの歴史の中でもこんなことはなかったし、大谷ですら同じことを今後できるかどうかわからない。二度と同じかそれ以上のことは起こらないかもしれないことをやった。それが現に生きている目の前で起こり、目撃した。それから生活は大谷に凌駕されて、そのほかはどうでもよいささいなことになった。こういうときは洗濯物を干したり、手を動かして、部屋のピクチャーレールにドリルで穴をあけて設置。きれいな仕上がり、うまくいった。

 

 

2022/6/22

Netflix「ストレンジャーシングス」、裏世界への入り口は日常のすぐ裏に張り付いているのであり、行方不明になった少年は家のすぐ近くに閉じ込められていて「僕はここにいる」と母親にメッセージを送る、送るが周囲はそれを理解できない。学校を休んで「笑っていいとも!」をみていれば、それがもう裏側の世界だった。昼の郊外は静かすぎてこわかった。郊外は何もないところにでっちあげた住宅地なので薄皮をはげばすぐに反転するのだった。郊外で受験生が両親を金属バットで殴り殺す事件が起きた、その事件現場の、何の変哲もない住宅の外観を藤原信也が撮った。普通の顔がもっとも恐ろしいということを暴いてしまうのが写真だった。写真が異界への入り口になる。ストレンジャーシングスでも写真と映像が、電話が、カセットデッキが、無線が、震えて騒ぎ出す、それが80年代だったか。

 

 

2022/6/21

昨日はKASHIWAYAの畑作業手伝い、靴が土まみれになって、つくった畝に水をまいた。朝から体がちゃんと疲れる。こうして小さなことから生活を育てていくことで良いのだと思ういっぽう、戦争や原発や大きなことで簡単に積み重ねたものは壊れてしまうから選挙にはいくかと思うが、関心があるかといえば全然ない。畑作業後のサウナのテレビでは安心とか未来とか浅薄極まりないメッセージを首相が太字で書いたボードをかかげてしゃべっている。特に最近のニュースではこの国の酷さばかりがタガをはずれて垂れ流しなのに声をだすことはせず、声のだしかたすらわからず、無気力に慣れてしまいぼおーっとスルー、感情は行き場をうしなってそのうちみんな忘れてしまう。これでいいわけがないと思いつつ、海にいって波の音に脳を洗われるとまたもやどうでもよくなてきた。

夜はコルトレーンの「Meditations」ききながらカレイの煮つけつくる最高。風間さんに勧められたストレンジャーシングスみる。

 

 

2022/6/17

一日一日が静かに過ぎていく。気温があがった。いらいらすることが2件あって首筋が重いので夕方に海にいった。波の見積もりを間違った。撮影してたら波しぶきを浴びてすべって海に落ちた。ずぶぬれで砂まみれになったが寒くなかった。帰って服を脱いで紙幣を一枚一枚広げて乾かした。みつさんから野菜をたくさんいただく。じゃがいも、にら、キャベツ、たまねぎ、にんにく。「かってにとっていい」「にらはたまごとじにするといい」など。じゃがいもと厚切りベーコンの煮物つくる。

ウィシュマさんの件、入管不起訴。原発事故、国の責任認めず。

安東量子さんのnoteから「原発事故被災からの回復は、元に戻すことではなく日常性を取り戻すことである」ジュディス・ハーマン

2022/6/15

午前中いっぱいBTS活動停止が発表になったパーティー動画を英語字幕読みながら最後まで。世界一になった直後にこの正直な心情の吐露はすごい。メンバーは酒を飲んでいて、J-Hopeは体が真っ赤になって眠そうになる。そもそもがヒップホップグループだった。本当のことをリリックで吐き出すのがヒップホップでありながら、本当のことをいわないことで成り立つのがアイドルシステムなので、その間の引き裂かれがIDOLやBTS Cypher Pt.3とかいろんな曲に表現されている、ねじれがそのままでる。そこがすごいと思っていた。とはいえそれでも消化されてるわけでは全然なかった。そして「ON」がその集大成の曲だった。「正気でいるためには狂うしかない」と歌う。本当はここでひとくぎりだったが、コロナでそうはいかなくなった。世界一になってずるずる進んでしまい、先延ばしになってしまったがようやくいまがそのタイミングになった。「遅すぎた」とグクがいう。だれにもARMYにもそれぞれタイミングがある。いよいよひとりひとりだ。防弾少年団は大人のシステムへの防弾だった。わたしのタイミングはいつか。

午後はならはCANVASで事業計画書書く作業。集中して作文。立ったり座ったり。起業支援金をゲットして、写真集つくる計画。

 

2022/6/12

​日曜日。毎日家にいる。雨。コーヒー。JMTの写真、打ち合わせ用にA4に引き延ばしてプリント。いい仕上がりなのでどんどんやる。俄かに道がみえる。夜はメルヴィル「白鯨」読み。ようやくピークオッド号が沖にでた。ここまで出会うもの全てが死の瘴気、避けられない運命の予兆でびっしり。みんな自分がそう長くはないことはわかっていて、それでも乗る。さけがたい、死の欲動にぞくぞくする。

「けだかくありながら、どこかひどく暗鬱な船!あらゆるけだかきものには何がしかの暗鬱はさけがたいのであろうか」。

2022/6/11

​やっと調子でてきた。起業支援金の申請にうごきはじめる。調べたら今年の募集がとっくにはじまっていて驚く。チャリで撮影散歩。6号線の反対を走ってみる。湿気でめがねがくもる。父と電話。田んぼの間を抜ける。水路を水が流れていく。風で枝が揺れて、水面の光が変化する。撮影はからだが震えてわきたつ。なんという快楽。コンビニでおにぎり。帰ってなぜかわからない、メルヴィルの「白鯨」を突然読み始める、止まらなくなる。BTS「Proof」ききながら。

2022/6/10

​ひさびさにプリントして写真額装。鴨居フックは使えないことが判明、ピクチャーレールをネットであれこれ検討。頭おかしくなる、なんとかひとつ注文。昼にネモトの小さいカツ丼食べたら眠くなって座っていて何もできない。ならはみらいの方にご挨拶して帰宅。いわきの郷土料理というかつおの揚げびたしつくる。トップの写真模様替え、2014年JMTの写真、最近スキャンして自分でもはじめて見る写真。なんていうか、写真は年をとらない。写真に時間はない。写真の中の光がいま新しい、いま見ているみたい意識が

 

 

2022/6/9

​まだ気温ひくい。快適な家、無音でコーヒー。もくもくと家でスキャン作業。ひと段落してまとめて書き出し。うどん食って、チャリでスーパーへ。夜中に目がさえたのでNetflixでマカロニウェスタンの「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ウェスト」。もったいぶったおじさんの汗とあぶらぎったドアップの連続。ヘンリー・フォンダとブロンソンの深いしわの溝を凝視。実に汚そう。

 

 

2022/6/8

​午前は未来ワークふくしまというWEBサイト取材を移住者として受ける。はなしがねじれてこんがらがって前に戻ったり飛んだりしてすいません。

 

やまちゃんが写真集作ったのに刺激されて、最近JMTの写真をスキャンし直し作業。

あらためて出てくる写真をしばしばトリミング。撮影者の自分はどうしても黄金分割を無意識に意識しすぎていて硬い。絵にはなるが、写真が一枚の内側に完結してしまうから動きがなくなってしまう。それは結果的に写真の外側が中に吹き込んでこないことになる。フレームの外側にも世界が広がっている、という当たり前の事実を写真が語ること、それがフレーミングのリアリティではないか。トリミングすることで写真をみる視線が定まらないようにする、動きがでる、すると写真の外の世界が吹き込んでくるんじゃないか。

 

2022/6/6

楢葉町の木戸駅のシェアハウスのWEB、パンフ用の撮影仕事二日間。みんなでわいわい楽しく撮影。いいの撮れた。休憩は古谷さんのおにぎりや食事がおいしいのでいちいち驚いてしまう。自分の住む小さい地域で仕事をすれば現場がそのまま交流になる、きちんと存在を認識しあって今後の展開につながる予感がして頼もしく思う。これが連続していけば生きていけるようなきがする、仕事とか営業とか生活がからんでいっしょくたに大きなカタマリになって転がっていくようなこういう仕事のしかたは東京ではできなかった。

大きく外に広げたら、こんどは勢いそのまま地下に引きこもればいい。レコードかける。アート・アンサンブル・オブ・シカゴ「We are on the edge」、50周年アニバーサリーで2019にでた二枚組。タイトルは「がけっぷち」。ラーメン食べたくなった。

2022/6/3

朝、朝食をすませて早々とおじは帰っていった。一刻も早く家に帰るべきという感じで車に乗り込んだ。買い物、スキャン作業。amazonで「藍色夏恋」みる。2002年公開、その頃の台湾の都市が自転車の速度で流れる。最初のアップの画面からすぐに気持ちよくて画面の前にずっと座っていられるのだった。

 

 

2022/6/2

​仕事で使えそうな山と海の写真のロケハンをチャリで、稲が伸びてきた初夏の風景。それから竜田駅前で喫茶店&バーをはじめる森くんのところへ。工事が進まず店の中はちらかっていてオープンは10月まで延びるという。森くんの住居スペースに椅子を運び込むのに入ると床に白と黒の碁石が散らばっていて、それを二人で拾い集めた。ものが散乱していて森くんは予期せず部屋をみられて恥ずかしがっているが、人は普通プライベートは乱れるものだ。森くんと重い洗濯機を苦労して運び出す。森くんはプロレスラーみたいにストーブを窓から放り入れる。考えるより前に動く筋肉を感じる。森くんは自分でだらしないという。だらしない人はそのままだと生きていくのは大変だが、きちんとしている人がいまは多すぎる。まともに生きていれば自然ときちんとしていく。矯正といってもいい。そこから道をそれるめずらしい人がたまにいる。森くんをみていると自由は苦しいが頼もしい。

 

 

2022/5/31

茨城のおじが泊まりに来た。まくらは自分の家からもってきた。あとパンをたくさん、最近はスーパーで買う野菜をいためてかけるだけの皿うどんが好きでそれを4袋もってきた。昨日から一転、気温が下がっておじは寒がった。朝スーパーで買ってきたボタンエビとかつおの刺身、あじをさばいてアジフライ。地域の活動に入れ込みすぎた、前のめりで自分のやりたいことを先行させてしまう、いつもの癖だ、そのせいで意見がぶつかった。「他人の靴をはく」まではいかないが、それでも一応仲良くやっている。これからは宮沢賢治を読むのだといって、花巻に出ていった。

 

 

2022/5/26

Trails連載、歩いてないからネタが浮かばない。もうだめかもしれない。

https://thetrailsmag.com/archives/55513

最近考えている自分なりの写真論のつもりで書いてた。近づきすぎても遠すぎても見えなくなる、ちらと横目でみて、そっとしておくこと、とはハイデガーの言葉。ネガティブケイパビリティー(消極的可能性)はそういう技法。歩き疲れることもその技法のひとつ。ふいに〈橋〉がそのように見えて、〈橋〉は光をうけて影を地面に落としている。「世界が世界になる」。シャッターをきる。

 

2022/5/25

東京でハンモックのイベント撮影、初日は大雨。タープの下がたまり場になってカップ麺食う。ハンモックを借りて寝た。夜中にまた雨がふった。マットから体がはみでて寒かった。二日目はよく晴れた。

戻ってきて疲れてよく寝る。目を覚ますと昼下がり、鳥の声。茂木さんが送ってくれた淡路のたまねぎや今日はみつさんからアスパラと大きなキャベツをいただく。野菜にかこまれて料理計画。にんじんともやしでナムル、きゅうりの漬物作り置く。キャベツの味噌汁。東京は暑かったけどこちらはまだ涼しい、レコードでいろんな音楽を流して、出張の荷物を片付け。

 

2022/5/15

​東松島出張撮影二日間から、いわきに移動してうつくしま浜街道トレイル(仮)の打ち合わせなどに参加、など。いろんな人にあう。元気な人たくさん。気になることは、地方はFB強すぎる問題。移住者はしかし地元にとけこむにはFB参加が有効だが、若い人にはきついだろう。きついよあれは。

 

 

2022/5/14

寝坊、朝風呂。大谷。原稿書き、なんとか形になったか。洗濯ほし。ハイデガー読み。こないだ東京で買ったあたらしい眼鏡が届いた。水底のような色が部分的に透けるとてもきれいなメタルフレーム。眺めてるだけで楽しい。何度も鏡の前にいって確認、アイフォンでも自分の顔をうつす。そのうち違和感があったのがだんだんなじんできて、とても気に入った。

ヘルツォークのチャトウィンの映画、発表からしばらく知らなかった。LDHDもあったわけだが、誰も教えてくれなかったし、話題にもしていないらしい。読んでなかった「ソングライン」を注文。自分のための映画だと思って、公開まで気持ちを高めていく。

 

 

2022/5/12

父はハンドルを急にきっただけで、右手首を骨折した。それは普通の骨折とは違うので、ほうっておけば治るというものではなく、金属を中にいれて接ぎ木しなければならない。退院した父は思いのほか元気。右手はわずかに動かせるだけで、風船みたいにふくらんでいる。叔父と父と大谷のホームランを見とどけてから、外にでかけて、ココナッツの香りのするハワイアン料理の店で父はカルボナーラを注文。左手でうまそうに食べる。「この椅子いいな」と気に入った。叔父は最近、親しくしていた近所の人と怒鳴りあいの喧嘩をしたらしい。兄といえば、来てすぐ帰った。口数が少なかった。帰りは実家に携帯をわすれ、タクシーでとりにいくあいだ、叔父には駅で待っていてもらった。じりじりと「芸術作品の根源」読み進め

 

 

2022/5/8

午前、ペドロコスタの講義録とハイデガー「芸術作品の根源」を交互にペラペラして文章書き。ようやく考えが次の考えに移っていく感じの、たよりない手ごたえ、外にでて庭の草むしり、アリが右往左往する。午後は富岡ホールにて、大友良英ビッグバンドに子供たちがまざって演奏するコンサート。前半は「悲しくてやりきれない」やブリジット・フォンテーヌ「ラジオのように」とか後半は子供たちが壇上にあがって新しい校歌歌ったり、楽器たたいたり、女子高生がミーシャを熱唱したり。なんでもいい、やりたいと思ったらやればいいと、大友さんは背中を押す。

 

2022/5/6

鈴木了二「マテリアルサスペンス」を再度本棚から取り出してくる。

「建物はあるときふと建築になる」「建物が急に呼吸を始める」など。

東北を車でまわりながら撮影していたとき、ある条件が不意にみたされて、建物は息をするように建築になる、建物にたんにカメラを構えるだけでは「建築」は写らない。「存在」という言葉が浮かぶ。「光が重力を与える」とも。そのとき建築は「有用性」や「意味」から解放されて存在を際立たせる。それと富岡の浜に座礁した船のことを結び付けて考えている。朝起きて、部屋にグールドのゴールドベルグを流す。窓を開ける。鳥の声と空気がざわざわする音。ザックからシュラフを取り出してたたみの上に広げる。その上を風が抜ける。洗濯機をまわす。コーヒーをいれる。こうして部屋の空間が目を醒ますのを、横でみている。

 

 

2022/5/5

みんなで名取でキャンプなどして帰ってきた。遠くにみえる山はまだ雪が残っている。芝の上で寝ころんだ。子供の声。ひばりが上空で鳴き続けた。いまが春だ。時間が自分だけ残してすり抜けていくみたい。NHKラジオのBTS三昧の8時間。それからいろんな動画、PSYとSUGAの「That That」などきいて感心、みつさんがガラス窓をたたいて、外にでると夕暮れ。アスパラガスくれた。

 

2022/5/2

​土曜日。よく晴れて、気温は下がった。昼に風が弱まり、洗濯、干す。大きな道の脇をながながと歩いた。こないだ車の中でラジオから流れたのはグールドのゴールドベルグのアリアだった。56年ではなく、81年の2回目の録音のほうで、その翌年にグールドは急逝したらしい。驚いた。骨にちょくせつ風があたるみたいな、こんな寂しい音があるのか。アジを買ってきて、父に送ってもらった出刃包丁でさばいて、アジフライ揚げる。

 

 

2022/4/30

鳥がたくさんないて、花の彩り、新緑、田んぼにには水が張り、稲もみえはじめた。ひとびとも動き出して、いろんな人の声が電話からきこえる。気温が下がり始め、冷たい雨が降った。安全なならはCANVASに避難して、席から立ちあがって雨の風景を眺める。なかなか文章書けず。夜はキャベツたくさん食う。今日は友人の子供のハルがサッカーの試合だった。2点決めて勝った、それよりも、相手チームの選手のほどけた靴ひもを、ハルが結んであげるという不思議なシーンが一番印象に残ったという。

2022/4/27

桜が満開だった福島から逃げるように、4/12から宮崎入り長谷川さんと4日間歩き、空港に着いたらもう梅雨みたいで地面が濡れていた。2日目は二日酔いがひどかった。廃校になった小学校のグラウンドでテントした。犬の散歩のおばさんがグランドを横切った。よく花が咲いた校門には創立125周年と書いてある。最終日は風呂でさっぱりして、ラーメンを食べた。力が抜けて守られた席にはあすかさんがいて高城さんがいた。翌朝はふくちゃんが熊本空港まで送ってくれた。阿蘇の景色が車窓で横に流れた。東京に着いて麻布へ。荷物おいて、父の病気の現状を連絡。松野家の夕食に参加、しゅうまいいただく、受験勉強中のにこちゃんとお話し、にこちゃんは9時から友達と電話する約束をしているといって部屋に戻った。それから下の階におりてノマドのまるくんとも挨拶、好きな空港のはなしした。寝て起きてもまるくんと喋った。日下部さんがきて久しぶりの声、福島の報告など。有楽町でカラックスのアネットみて、映画の中で気持ちよく寝た。外のケヤキの新芽がきれいで写真を撮った。雨に降られて、その日は後藤君の家に泊まる。コーチェラの映像。22時過ぎに村瀬さんがバイトから帰ってきて、ビール。翌朝せいじが迎えにきて安曇野へ。車内でキングクリムゾンのライブ盤「Earth bound」大きな音で聴いた。あまりの衝撃にせいじはパーキングに車を入れて避難した。せいじは着いてすぐ嘉代子さんにキレられて、その間後藤くんは後ろを向いて動かず、どうなることかと思ったがひとまず大事には至らずに済んだ。翌日は人足仕事で床を塗った。夕景にしずむ北アルプスの風景。東京に帰るとまた後藤くんの家に泊まらせてもらう。村瀬さんはこの日も22時過ぎにバイトから帰ってきてビール。翌朝は素朴でおいしいパンを食べて東京駅まで歩いて送ってもらった。バスで福島に帰る。部屋を片付け、明日はドコモのみなさんが泊まりにくる。気温が上がって、布団を次々に干した。もう花粉はたいしたことなかったので窓を開け放った。白いカーテンが揺れた。鳥がよく啼いた。一年の中でそう何度もない気持ちのいい空気。ドコモのみなさんがきてみなで海を歩いた。海は波が強いせいか細かい水の粒子が空気中を舞いあがって白く輝いた。食事には役場の風間さんがきた。風間さんは僕よりだいぶ若いが、サブカルの人で本棚のすごい写真をみせてもらった。自分はサブカルの病の治療のために移住したのだ、と言ったとして、言い過ぎではないのかもしれない。店をでると気づけば田んぼに水がはられ蛙の声のほうに向かって暗闇を歩いた。家に帰って、みんなでSuper Juniorの曲きいたり、鹿倉さんは韓国が好き。翌朝ドコモのみなさんをお見送りして、また東京へ向かう準備。朝いちばんのバスで東京へ。LDHD(ロングディスタンスハイカーズデイ)というロングトレイルのイベントが、コロナで久しぶりの開催、仲間と会う。やまちゃんがきていて再会、JMTを歩いた写真の写真集を作ったと、みせてもらう。中島もはやく写真集でも作れとまわりから詰められた。えいじさんやしげさんと麻布泊まり、遅くまで話した。翌日は武蔵野大学で教員スタッフの写真撮影。おいしいほうじ茶をいただいて、新しいスタッフの中下さんを交えてお話し。それから電車で福島に戻り、アンフィニ破産につき、大阪に帰ることになった川崎さんの送別会にかけつける。川崎さんはすでに慣れない日本酒を飲みすぎていて、大声を出して暴れまわっていたのをみんなが笑いながら取り押さえるもそれをかいくぐって立ち上がり、バランスを崩して顔からテーブルに崩れて床に倒れ込んで、そのままゲロを吐いた。みんなが川崎さんを介抱して、濡れたTシャツも着替えさせた。あくびをしながら眠っている川崎さんを車に運び込んだ。別れの挨拶どころではなかったが、一度名前は呼んでもらった。さびしくなる。こうして長い時間は過ぎた、家に帰り、疲れ切ってよく寝た。出発前にハサミで切った指の傷が、今ではすっかりふさがっている。

 

2022/4/8

浪江のようこさんと花見をかねて​小高から浪江まで歩いてみる。フルハウスで食事。店内の看板には「もっとも主観的な解釈ほど 最も客観的な解釈である ルドルフ・ブルトマン」ときれいな字で書いてある。桜はまだ全然咲いてなかった。白い鳥がゆっくりはばたいた。カエルの声もきこえた。道端に座る。駅のトイレかりる。畑の道は行き止まりだった。引き返す。歩いているだけで内容はない。車のマニュアルの免許を取ることになるかもしれない。

 

2022/4/7

TURNS、富岡ワインの農場を取材。うちから車で10分の場所。富岡駅のすぐ裏手の、高台から海が見渡せる気持ちのいいところ。ワイン造りの細川さんはこの風景ですぐに移住を決めた。キャンプもできればハイカーもくる。励まされる。

 

 

2022/4/5

なるべく素直にその位置でカメラをかまえて撮る。移住して風景がかわったのだから、魚がうまいところなので、魚を買って来てただ切って食べる程度で。よく見て、見るまでもなく、ずらそうとしないで皿の上にぽんと置くみたいにする練習。

2022/4/3

​天神岬でキャンプしたり、別の日は商工会青年部の方々のバーベキューに参加。楢葉出身の同世代が多い。酒飲んで子供たちとサッカー。いろんな人たちがいていろんな話。記憶すべきいくつかの言葉。たばこもらった喫煙所。バーベキューは苦手なので、サッカーに逃げる。レインという名前のやさしい男の子とバケツに入れた炭を捨てにいく。

 

 

2022/3/31

家でスキャン作業。3時間の作業が消えた。夜まで。図書館で借りていた群像に田中純の磯崎論あるの忘れてた。丹下健三は建設中の広島ピースセンターをある角度から写真に撮った。建設中は骨がむき出しの同時に廃墟みたいで、立ち上がろうとして、同時に崩壊の過程にもみえる瞬間、写真を撮った。同じ角度から磯崎も写真に撮った。建築はある瞬間に超越的な〈建築〉の姿を表す。ルイス・カーンは建物が人の使用を逃れたときにはじめて完成すると言った。建築は人のためにあるのじゃなかった。

 

 

2022/3/30

来客で疲労。少しずつスキャン作業して、午後はジムに行こうと考え、昼にナポリタン、麺をゆでたらマヨネーズをかけてまぜるのがポイントらしい。食べすぎて昼寝。ジムいかない。マイルスのライブ。On the Corner前後数年くらいのライブをいくつかきいてみると、ロックに対抗しているからかギターがかっこよくて、きいてすぐ、あ、かっこいい、と思えるのがその先に行けなくて物足りない。いっぽうで「In Concert」は全体がしまりがないようでエッジが丸くごちゃごちゃとつかみどころがなく、いますぐ誰でも中に入って参加できそうな感じでそれがきいていていい。

 

2022/3/29

先生と入れ替わるように父が来楢。ホッキ飯、タラの芽の天ぷら、あじの刺身と日本酒。レコードきく。父はシナトラ、祖父はビング・クロスビーが好きだった。ウクライナの話はそれほどせず、ウグイスの朝。浜通りを案内するが、前回に引き続き原子力災害伝承館の展示はスルー。限られた時間の中で、被災の状況もみてもらうときに、原子力災害伝承館は優先順位が低い、これはほんとうに残念なことだ。海は波の一番終わりの波打ち際という、までくると生ハムみたいになる。薄くなると透明に近づいて白い泡立ち、薄く薄く、切る、生ハムみたい、自分の立つめのまえの限界まできて砂に吸い込まれるところ、ギリギリの瞬間を見極める訓練。

2022/3/27

構造の田中先生東京から来楢につき、浜通りをご案内。いわきの工場の間を抜けて北上。強風嵐の岸壁の上を歩いて激しい波の音を浴びる。ホタテやカキや菜の花の春巻きと日本酒。ウグイスの朝。楢葉から北上、双葉や請戸小学校。はじめていった小高の大悲山の石仏、入り口の巨大な杉がすさまじいが、石仏もすこしも劣らない、大きいがもはや朽ちかけていて、顔も判別できず、別のものは輪郭の線もくずれて本体らしき盛り上がりしか確認できない、もれてくる消極的な力は、受信するがわも同じく消極的な能力が必要。減衰しているのが、消えないまま引き延ばされる、光の息、一秒。

2022/3/24

図書館いって群像、保坂和志の連載はなんと「詩とはなにか」について。別に驚くことではないか。森に面して一面、横に広がる窓にはやさしいベージュのロールカーテンが窓の高さの半分くらいまで下がっている。椅子に座る人間は自分しかいない。バラードの短編はほとんど詩みたいに読んでストーリーには反応できず、終末的な風景の中に、自分はひとりで座り込む感じ。そこでは時間がおかしい。「森の無限の過去と未来は、ひとつに溶け合っていた」など。

遠くから掃除機の音。

2022/3/21

カーテンをあけると雪。昼から夕方にかけてますます強く降る。政府は節電を求める。灯油ヒーターにする。雪に反射した白い光が部屋にはいってくる、芯のあるが、やわらかい、台所ではその光はつめたくみえる。テーブルの上のグラスやステンレスの瓶、サランラップなど。

 

2022/3/20

​朝起きるとまっさらな新しい一日がはじまる、というよりも、起きた時点ではやくも一日の少なくない部分が失われているような感覚。JヴィレッジでいわきFCホーム開幕戦だが、米を炊き忘れたこと、電車は地震でとまっていて駐車場は足りないだろう。足りたとしても、今日は風が強い。新しい手帳に予定を書き写す。 

2022/3/19

引き続き「詩とは何か」読みながら、頭に浮かぶのは「秋刀魚の味」のラスト、廃墟のような妻も娘もいなくなった部屋のカットから、立ち尽くす笠智衆。ついさっきまで人がいた、という不在の温度。終演後の舞台。残された鏡は黒沢清になる。気づけば日常の顔のまま、世界は一瞬で反転。それが戦争だった。立ち尽くすことになる。

 

 

2022/3/18

6日間の撮影旅。デリカで朝から移動して撮影、車内はPop Group「Y in Dub」。ダブは液状化。スーパーで夕食を買ってはやめに宿にチェックイン、相撲をみながらチューハイ。寿司にしょうゆをかける。吉増剛造「詩とは何か」開いたり閉じたり。さっさと寝てしまう。むつの夜に地震。一番いいのは、ひどく臭い漁港。群がる鳥、がいっせいに飛び出すタイミング。雪をかぶる恐山