2022/5/14

​東松島出張撮影二日間から、いわきに移動してうつくしま浜街道トレイル(仮)の打ち合わせなどに参加、など。いろんな人にあう。元気な人たくさん。気になることは、地方はFB強すぎる問題。移住者はしかし地元にとけこむにはFB参加が有効だが、若い人にはきついだろう。きついよあれは。

 

 

2022/5/14

寝坊、朝風呂。大谷。原稿書き、なんとか形になったか。洗濯ほし。ハイデガー読み。こないだ東京で買ったあたらしい眼鏡が届いた。水底のような色が部分的に透けるとてもきれいなメタルフレーム。眺めてるだけで楽しい。何度も鏡の前にいって確認、アイフォンでも自分の顔をうつす。そのうち違和感があったのがだんだんなじんできて、とても気に入った。

ヘルツォークのチャトウィンの映画、発表からしばらく知らなかった。LDHDもあったわけだが、誰も教えてくれなかったし、話題にもしていないらしい。読んでなかった「ソングライン」を注文。自分のための映画だと思って、公開まで気持ちを高めていく。

 

 

2022/5/12

父はハンドルを急にきっただけで、右手首を骨折した。それは普通の骨折とは違うので、ほうっておけば治るというものではなく、金属を中にいれて接ぎ木しなければならない。退院した父は思いのほか元気。右手はわずかに動かせるだけで、風船みたいにふくらんでいる。叔父と父と大谷のホームランを見とどけてから、外にでかけて、ココナッツの香りのするハワイアン料理の店で父はカルボナーラを注文。左手でうまそうに食べる。「この椅子いいな」と気に入った。叔父は最近、親しくしていた近所の人と怒鳴りあいの喧嘩をしたらしい。兄といえば、来てすぐ帰った。口数が少なかった。帰りは実家に携帯をわすれ、タクシーでとりにいくあいだ、叔父には駅で待っていてもらった。じりじりと「芸術作品の根源」読み進め

 

 

2022/5/8

午前、ペドロコスタの講義録とハイデガー「芸術作品の根源」を交互にペラペラして文章書き。ようやく考えが次の考えに移っていく感じの、たよりない手ごたえ、外にでて庭の草むしり、アリが右往左往する。午後は富岡ホールにて、大友良英ビッグバンドに子供たちがまざって演奏するコンサート。前半は「悲しくてやりきれない」やブリジット・フォンテーヌ「ラジオのように」とか後半は子供たちが壇上にあがって新しい校歌歌ったり、楽器たたいたり、女子高生がミーシャを熱唱したり。なんでもいい、やりたいと思ったらやればいいと、大友さんは背中を押す。

 

2022/5/6

鈴木了二「マテリアルサスペンス」を再度本棚から取り出してくる。

「建物はあるときふと建築になる」「建物が急に呼吸を始める」など。

東北を車でまわりながら撮影していたとき、ある条件が不意にみたされて、建物は息をするように建築になる、建物にたんにカメラを構えるだけでは「建築」は写らない。「存在」という言葉が浮かぶ。「光が重力を与える」とも。そのとき建築は「有用性」や「意味」から解放されて存在を際立たせる。それと富岡の浜に座礁した船のことを結び付けて考えている。朝起きて、部屋にグールドのゴールドベルグを流す。窓を開ける。鳥の声と空気がざわざわする音。ザックからシュラフを取り出してたたみの上に広げる。その上を風が抜ける。洗濯機をまわす。コーヒーをいれる。こうして部屋の空間が目を醒ますのを、横でみている。

 

 

2022/5/5

みんなで名取でキャンプなどして帰ってきた。遠くにみえる山はまだ雪が残っている。芝の上で寝ころんだ。子供の声。ひばりが上空で鳴き続けた。いまが春だ。時間が自分だけ残してすり抜けていくみたい。NHKラジオのBTS三昧の8時間。それからいろんな動画、PSYとSUGAの「That That」などきいて感心、みつさんがガラス窓をたたいて、外にでると夕暮れ。アスパラガスくれた。

 

2022/5/2

​土曜日。よく晴れて、気温は下がった。昼に風が弱まり、洗濯、干す。大きな道の脇をながながと歩いた。こないだ車の中でラジオから流れたのはグールドのゴールドベルグのアリアだった。56年ではなく、81年の2回目の録音のほうで、その翌年にグールドは急逝したらしい。驚いた。骨にちょくせつ風があたるみたいな、こんな寂しい音があるのか。アジを買ってきて、父に送ってもらった出刃包丁でさばいて、アジフライ揚げる。

 

 

2022/4/30

鳥がたくさんないて、花の彩り、新緑、田んぼにには水が張り、稲もみえはじめた。ひとびとも動き出して、いろんな人の声が電話からきこえる。気温が下がり始め、冷たい雨が降った。安全なならはCANVASに避難して、席から立ちあがって雨の風景を眺める。なかなか文章書けず。夜はキャベツたくさん食う。今日は友人の子供のハルがサッカーの試合だった。2点決めて勝った、それよりも、相手チームの選手のほどけた靴ひもを、ハルが結んであげるという不思議なシーンが一番印象に残ったという。

2022/4/27

桜が満開だった福島から逃げるように、4/12から宮崎入り長谷川さんと4日間歩き、空港に着いたらもう梅雨みたいで地面が濡れていた。2日目は二日酔いがひどかった。廃校になった小学校のグラウンドでテントした。犬の散歩のおばさんがグランドを横切った。よく花が咲いた校門には創立125周年と書いてある。最終日は風呂でさっぱりして、ラーメンを食べた。力が抜けて守られた席にはあすかさんがいて高城さんがいた。翌朝はふくちゃんが熊本空港まで送ってくれた。阿蘇の景色が車窓で横に流れた。東京に着いて麻布へ。荷物おいて、父の病気の現状を連絡。松野家の夕食に参加、しゅうまいいただく、受験勉強中のにこちゃんとお話し、にこちゃんは9時から友達と電話する約束をしているといって部屋に戻った。それから下の階におりてノマドのまるくんとも挨拶、好きな空港のはなしした。寝て起きてもまるくんと喋った。日下部さんがきて久しぶりの声、福島の報告など。有楽町でカラックスのアネットみて、映画の中で気持ちよく寝た。外のケヤキの新芽がきれいで写真を撮った。雨に降られて、その日は後藤君の家に泊まる。コーチェラの映像。22時過ぎに村瀬さんがバイトから帰ってきて、ビール。翌朝せいじが迎えにきて安曇野へ。車内でキングクリムゾンのライブ盤「Earth bound」大きな音で聴いた。あまりの衝撃にせいじはパーキングに車を入れて避難した。せいじは着いてすぐ嘉代子さんにキレられて、その間後藤くんは後ろを向いて動かず、どうなることかと思ったがひとまず大事には至らずに済んだ。翌日は人足仕事で床を塗った。夕景にしずむ北アルプスの風景。東京に帰るとまた後藤くんの家に泊まらせてもらう。村瀬さんはこの日も22時過ぎにバイトから帰ってきてビール。翌朝は素朴でおいしいパンを食べて東京駅まで歩いて送ってもらった。バスで福島に帰る。部屋を片付け、明日はドコモのみなさんが泊まりにくる。気温が上がって、布団を次々に干した。もう花粉はたいしたことなかったので窓を開け放った。白いカーテンが揺れた。鳥がよく啼いた。一年の中でそう何度もない気持ちのいい空気。ドコモのみなさんがきてみなで海を歩いた。海は波が強いせいか細かい水の粒子が空気中を舞いあがって白く輝いた。食事には役場の風間さんがきた。風間さんは僕よりだいぶ若いが、サブカルの人で本棚のすごい写真をみせてもらった。自分はサブカルの病の治療のために移住したのだ、と言ったとして、言い過ぎではないのかもしれない。店をでると気づけば田んぼに水がはられ蛙の声のほうに向かって暗闇を歩いた。家に帰って、みんなでSuper Juniorの曲きいたり、鹿倉さんは韓国が好き。翌朝ドコモのみなさんをお見送りして、また東京へ向かう準備。朝いちばんのバスで東京へ。LDHD(ロングディスタンスハイカーズデイ)というロングトレイルのイベントが、コロナで久しぶりの開催、仲間と会う。やまちゃんがきていて再会、JMTを歩いた写真の写真集を作ったと、みせてもらう。中島もはやく写真集でも作れとまわりから詰められた。えいじさんやしげさんと麻布泊まり、遅くまで話した。翌日は武蔵野大学で教員スタッフの写真撮影。おいしいほうじ茶をいただいて、新しいスタッフの中下さんを交えてお話し。それから電車で福島に戻り、アンフィニ破産につき、大阪に帰ることになった川崎さんの送別会にかけつける。川崎さんはすでに慣れない日本酒を飲みすぎていて、大声を出して暴れまわっていたのをみんなが笑いながら取り押さえるもそれをかいくぐって立ち上がり、バランスを崩して顔からテーブルに崩れて床に倒れ込んで、そのままゲロを吐いた。みんなが川崎さんを介抱して、濡れたTシャツも着替えさせた。あくびをしながら眠っている川崎さんを車に運び込んだ。別れの挨拶どころではなかったが、一度名前は呼んでもらった。さびしくなる。こうして長い時間は過ぎた、家に帰り、疲れ切ってよく寝た。出発前にハサミで切った指の傷が、今ではすっかりふさがっている。

 

2022/4/8

浪江のようこさんと花見をかねて​小高から浪江まで歩いてみる。フルハウスで食事。店内の看板には「もっとも主観的な解釈ほど 最も客観的な解釈である ルドルフ・ブルトマン」ときれいな字で書いてある。桜はまだ全然咲いてなかった。白い鳥がゆっくりはばたいた。カエルの声もきこえた。道端に座る。駅のトイレかりる。畑の道は行き止まりだった。引き返す。歩いているだけで内容はない。車のマニュアルの免許を取ることになるかもしれない。

 

2022/4/7

TURNS、富岡ワインの農場を取材。うちから車で10分の場所。富岡駅のすぐ裏手の、高台から海が見渡せる気持ちのいいところ。ワイン造りの細川さんはこの風景ですぐに移住を決めた。キャンプもできればハイカーもくる。励まされる。

 

 

2022/4/5

なるべく素直にその位置でカメラをかまえて撮る。移住して風景がかわったのだから、魚がうまいところなので、魚を買って来てただ切って食べる程度で。よく見て、見るまでもなく、ずらそうとしないで皿の上にぽんと置くみたいにする練習。

2022/4/3

​天神岬でキャンプしたり、別の日は商工会青年部の方々のバーベキューに参加。楢葉出身の同世代が多い。酒飲んで子供たちとサッカー。いろんな人たちがいていろんな話。記憶すべきいくつかの言葉。たばこもらった喫煙所。バーベキューは苦手なので、サッカーに逃げる。レインという名前のやさしい男の子とバケツに入れた炭を捨てにいく。

 

 

2022/3/31

家でスキャン作業。3時間の作業が消えた。夜まで。図書館で借りていた群像に田中純の磯崎論あるの忘れてた。丹下健三は建設中の広島ピースセンターをある角度から写真に撮った。建設中は骨がむき出しの同時に廃墟みたいで、立ち上がろうとして、同時に崩壊の過程にもみえる瞬間、写真を撮った。同じ角度から磯崎も写真に撮った。建築はある瞬間に超越的な〈建築〉の姿を表す。ルイス・カーンは建物が人の使用を逃れたときにはじめて完成すると言った。建築は人のためにあるのじゃなかった。

 

 

2022/3/30

来客で疲労。少しずつスキャン作業して、午後はジムに行こうと考え、昼にナポリタン、麺をゆでたらマヨネーズをかけてまぜるのがポイントらしい。食べすぎて昼寝。ジムいかない。マイルスのライブ。On the Corner前後数年くらいのライブをいくつかきいてみると、ロックに対抗しているからかギターがかっこよくて、きいてすぐ、あ、かっこいい、と思えるのがその先に行けなくて物足りない。いっぽうで「In Concert」は全体がしまりがないようでエッジが丸くごちゃごちゃとつかみどころがなく、いますぐ誰でも中に入って参加できそうな感じでそれがきいていていい。

 

2022/3/29

先生と入れ替わるように父が来楢。ホッキ飯、タラの芽の天ぷら、あじの刺身と日本酒。レコードきく。父はシナトラ、祖父はビング・クロスビーが好きだった。ウクライナの話はそれほどせず、ウグイスの朝。浜通りを案内するが、前回に引き続き原子力災害伝承館の展示はスルー。限られた時間の中で、被災の状況もみてもらうときに、原子力災害伝承館は優先順位が低い、これはほんとうに残念なことだ。海は波の一番終わりの波打ち際という、までくると生ハムみたいになる。薄くなると透明に近づいて白い泡立ち、薄く薄く、切る、生ハムみたい、自分の立つめのまえの限界まできて砂に吸い込まれるところ、ギリギリの瞬間を見極める訓練。

2022/3/27

構造の田中先生東京から来楢につき、浜通りをご案内。いわきの工場の間を抜けて北上。強風嵐の岸壁の上を歩いて激しい波の音を浴びる。ホタテやカキや菜の花の春巻きと日本酒。ウグイスの朝。楢葉から北上、双葉や請戸小学校。はじめていった小高の大悲山の石仏、入り口の巨大な杉がすさまじいが、石仏もすこしも劣らない、大きいがもはや朽ちかけていて、顔も判別できず、別のものは輪郭の線もくずれて本体らしき盛り上がりしか確認できない、もれてくる消極的な力は、受信するがわも同じく消極的な能力が必要。減衰しているのが、消えないまま引き延ばされる、光の息、一秒。

2022/3/24

図書館いって群像、保坂和志の連載はなんと「詩とはなにか」について。別に驚くことではないか。森に面して一面、横に広がる窓にはやさしいベージュのロールカーテンが窓の高さの半分くらいまで下がっている。椅子に座る人間は自分しかいない。バラードの短編はほとんど詩みたいに読んでストーリーには反応できず、終末的な風景の中に、自分はひとりで座り込む感じ。そこでは時間がおかしい。「森の無限の過去と未来は、ひとつに溶け合っていた」など。

遠くから掃除機の音。

2022/3/21

カーテンをあけると雪。昼から夕方にかけてますます強く降る。政府は節電を求める。灯油ヒーターにする。雪に反射した白い光が部屋にはいってくる、芯のあるが、やわらかい、台所ではその光はつめたくみえる。テーブルの上のグラスやステンレスの瓶、サランラップなど。

 

2022/3/20

​朝起きるとまっさらな新しい一日がはじまる、というよりも、起きた時点ではやくも一日の少なくない部分が失われているような感覚。JヴィレッジでいわきFCホーム開幕戦だが、米を炊き忘れたこと、電車は地震でとまっていて駐車場は足りないだろう。足りたとしても、今日は風が強い。新しい手帳に予定を書き写す。 

2022/3/19

引き続き「詩とは何か」読みながら、頭に浮かぶのは「秋刀魚の味」のラスト、廃墟のような妻も娘もいなくなった部屋のカットから、立ち尽くす笠智衆。ついさっきまで人がいた、という不在の温度。終演後の舞台。残された鏡は黒沢清になる。気づけば日常の顔のまま、世界は一瞬で反転。それが戦争だった。立ち尽くすことになる。

 

 

2022/3/18

6日間の撮影旅。デリカで朝から移動して撮影、車内はPop Group「Y in Dub」。ダブは液状化。スーパーで夕食を買ってはやめに宿にチェックイン、相撲をみながらチューハイ。寿司にしょうゆをかける。吉増剛造「詩とは何か」開いたり閉じたり。さっさと寝てしまう。むつの夜に地震。一番いいのは、ひどく臭い漁港。群がる鳥、がいっせいに飛び出すタイミング。雪をかぶる恐山。