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2024/3/3

よく人に会った。金曜にはわが川崎の実家マンション、パームハウスからいちろうさんと麦が来楢して、ふたりは車で下道をながながと来て、うちについて車をおりた瞬間にチューハイの缶を開けて飲み始めた。夜は楢葉の仲間がきてくれて宴会。いちろうさんの大きな声を麻衣子さんが十二分に受け応えてくれて感動。今でもいちろうさんのそばに麦がいることの尊さをあらためて見る。翌日も麻衣子さんに双葉を案内していただく。二人と別れて夜はなおさんに誘ってもらってなら福で飲み会。めずらしいメンバーでいい話。翌日はたまちゃんに丸一日ディープな川内村を案内していただく。浜通りにはいろんな人が各地にいて、めまいがする思い。山にいくと、春が近づいている。

2024/2/29

朝起きてゲンロンの東浩紀×猪瀬直樹の動画をみて驚愕。人はある時、突然悪魔にとりつかれるときがあるのだ。父のことが思い出された。洗濯、まとめて布団干す。確定申告作業。明日はお客がくるので買い物。冷凍庫に長らく眠っていた、アジとイワシをおろしてフライにする。半年間冷凍していたがまったく問題なし。

韓国映画、アマプラで「群山」鑑賞。淡々としながら複雑で、初見ではよくわからないところばかり。おしゃべりと時間差編集でのサスペンスはホン・サンス感。「自由が丘で」にもでていたムン・ソリ。こういう役が絶妙。音楽がないぶん耳が音にきづく。やかんの湯が沸いて、飛行機が通過、風が強く吹く。

2024/2/28

​福島に帰ってよく寝たので、あわただしくいろいろ。打ち合わせで近況報告、写真集の話もようやく再始動。

こないだここに書いた、カフカの引用。いまこの地方に移住して感じはじめているリア充感はしかし、なにかがおかしいのではないか。大きな悪魔にとりつかれたことで、続けて小悪魔が群がりはじめているとは確かに、そんなきがしてくる。いま、不安定な気持ちの夜に、ポリタスの韓国映画特集をみながら、紹介された35本をリストにして書き出す作業。韓国仲間に送信。わたしはなにをしてるんだろう。

2024/2/26

ハルカが打合せの間、吉祥寺で買い物。グラスやコーヒーカップ。古本屋〈防波堤〉にて、磯崎新「造物主議論 デミウルゴモルフィムス」やマーク・ロスコの展示図録など購う。武蔵小金井の小金井アートスポットでハルカが半年間にわたって企画に携わったワークショップの参加者による最終展示をみにいく。特に導かれる方向がないせいか表現に慣れてない人々は混乱してねじれ、その格闘が、崩壊間際にもはや作品ともいえないような形ならざる形をギリギリ保ってここにある、そのような印象。ああ、このようにして表現とは人々の前に険しい壁となって立ちはだかる。こうしてみていると、ワークショップの参加者は救いを求めてここにやってきたのではないか。何か満たされないものを、表現が新たに肯定してくれる、その可能性に身を委ねようと。。そんな切実なドキュメント。

夜は西新宿でおいしい焼き鳥。マスターと呼ばれる男性は病気をして、右腕が動かず、カウンターの前に立ってビールジョッキを片手に配給係。鳥出汁のよくきいた雑炊で寒い夜にあたたまる。ようやく福島に帰る。

 

 

2024/2/25

東海自然歩道のイベントのため、名古屋へ。大勢の人としゃべりまくる三日間。前夜祭の焼き肉屋では、高校生になる相澤さんの娘のこことK-popについてずっと話す。彼女は去年の紅白をきっかけにK-popに興味を持ち、スキズのメンバーを覚えて動画を漁り始めたところ。当然まわりはハイキングの話をしているわけであるが、ここは焼き肉屋でもあって、K-popの映像も流れているのであるが、おそらくわれわれ二人を除いて誰もK-popをきいていないのだと思う。これは何か異常な事態ではないのか??ということで名古屋までわざわざかけつけてくれたハルカは、こことスキズの話で意気投合。連絡先を交換して、コンサートに行こうと約束を交わしていた。

2024/2/20

トイレにはカフカ「夢・アフォリズム・詩」が置いてある。Aとは今のわたしのことのような、以下の言葉。

Aはひどくうぬぼれている。彼は善において大いに発展するところがあったと信じているのだが、それは、自分がどうみてもますます魅力的な対象として、彼がこれまで知らなかった各方面からの誘惑に、ますますさらされていると感じているからだという。しかしこれを正しく解説すればこういうことだ、一匹の大悪魔が彼に取りついたので、おびただしい群小悪魔どもが大悪魔に仕えるために集まってきたのだということ。

2024/2/19

hummnusの話のテーマに残滓(ざんし)という言葉がでてくるので、ヨネさんに「残滓という言葉をきくと、心がときめきます」と伝えるとヨネさんも私もそうですと言った。残滓とは何かの生産の過程で出る残りカスでのことで、再利用すらも不可能な、役にたたないが、ではそれだけでよいかというと、なんでもありになって、茫洋としすぎる。残滓にはある「佇まい」が必要で、わたしはそこに「愛嬌」という要素を加えたい。それは例えば、犬の糞を木の枝に刺して笑いながら走り回るアラレちゃんの姿が浮かぶ。残滓にはムードがあるのだ

2024/2/14

よく眠ることにより、突然炎のごとく仕事が進む。歯医者、銀歯の詰め物をもとの位置におさめる。新たなテーブルの図面を描いて発注。確定申告の準備もはじめ。新しくラックを導入してスキャナーとシンセの位置関係をあらため、写真をスキャンしながら同時に音を出して動かす作業ができるようになった。いくつもの作業が同時に進んで互いに干渉しながらぐるぐるとまわりはじめ、ジャングルみたいなカオスのテーブルにわたしの自意識も巻き込まれて散り散りになったらいいのに。

2024/2/13

いろんなことがあって毎日が過ぎていく、かけがえのない時間だがそれを忘れないようにここに書き写すのではない。忘れたくないことはあるが、たとえ忘れても忘れてることに気がつかないのでかまわない。だからしばらくここに書かない時間が続いて、その間に何があったのか今思い出してみたのだが、それを列挙しようとして、いつも投げ出してしまう。長いこと書いていると、なんで書いているのかも問わなくなった。水彩のような色の薄い絵具を使って、色が重なるところと重ならないところがあって、塗り重ねていくうちに、ぼやけた水面みたいなイメージができあがっていく、そんな感じにんなるといい。生きていく時間の複雑さ。いま知らないスーツのおじさんが目の前から歩いて遠ざかっていく、その背広の肩の部分をぼーっと見つめていると、光の中に消えていった。いとしい、わたしに関係のない人達。

こないだハルカがワインを飲みすぎて、突然トイレにこもって出てこなくなった。何度呼びかけても大丈夫、もう少し待って、と言い続けるのでその間にトイレのすぐ横のモノが散乱している倉庫部屋の整理をはじめたら、興に乗ってどんどん進んだ。それまで放置していたのはなぜだろうと思うほどに、手をかければすぐにだって事態は動きだす。定期的に名前を呼びかけるが、もうすこし待ってとしか返ってこない。そのままでは寒くて凍えてしまうのではないかと心配になり、頃合いをみて強引にでも外に出さねばならない、などと自分にいい聞かせながら、整理はますます進んで、ようやく床があらわになってきた。

2024/2/6

ハルカといわきいって大きなサンドイッチを分けたり(ポリアモリーについて話した)、銀行で税金払ったり。図書館もいく、新潮の最新号、浅田彰の「構造と力」が、刊行から40年たってはじめて文庫化されるそうで、そのタイミングで文章を寄せている、最新号はコピーできないので椅子に座ってじっくり読む。クィアを「変態」と訳している。クィアはヘテロも含みこむふところがある。だからわたしもクイアとして生きていくことができる。「変態」とは奇妙なという意味に限らず、メタモルフォーゼの意味も重なっている。「何者であるか」ではなく「何をするか」が問われるべきだ。と丸山眞夫はいったらしい。ラベルが問題なのではないということ。それが今のアイデンティティ・ポリティクスを乗り越えて生きる術になると。
読んでいると光がぴかーんとなったような気がして、隣で仕事しているハルカに読んで聞いてもらう

2024/2/1

東京へ。兄と実家の整理。台所のたまった調味料をすべてバケツにつっこみ水で薄めて流す。本棚や使えそうないいものを西新宿の部屋に運び込む。仕事終わりのハルカを武蔵小金井に迎えにいく。ロータリーには入れず、細い脇道に駐車。3週間ぶりの再会。向こうからロングコートのハルカがみえて、頭おかしくなるかとおもった。翌朝は建築家と楢葉の土地について打ち合わせ。これまでの経緯を話すと建築家から想像しなかったアイデアがでてきて、これが実現したらえらいことに。兄夫婦にも手伝ってもらって部屋にニトリのベッドを搬入、組み立て。西新宿を歩くとさらに再開発が進行。中央公園はいじくりまわされ、スカスカになった森には余計な光が入り込んで、浮浪者は消えてしまった。腹が立ってきて、もはや東京がどうなろうとわたしには関係がない。

2024/1/28

さすがに休む。大相撲千秋楽をゆっくり観戦。もう錣山さんはいない。阿炎の背中が小さく見える。北の富士さんも戻ってこないのだろうか。終わったら荷物をまとめて東京へ。

思い返してみればファッション撮影会の実際に手を動かして現場をつくっていたのはほとんどが女性。服をつくるのも、メイクをするのも、撮影するのも、現場のご飯をつくるのも、これから冊子をつくってまとめるのもみんな女性。男はどうふるまっていいのかわからないのか、若い人でも関係なく、これほど性の境界は強く働いている。わたしは子供のころから女の子になりたかったからこうして女の子たちに囲まれてメイクをしたりスカートをはいたり、マニキュアを塗ったり、おしゃべりして、特別な席に座らせてもらって、想いが叶った。もう忘れようとされていた願いが今になってこんな形で実現した。今日も運転しててもパソコンのキーボードを打ってもマニキュアが目に入って、マニキュアに守られてるような気がする

 

 

2024/1/27

​ファッション撮影会当日。メイクでいろんな人に顔をさわってもらって、コンタクト入れてもらったり、人肌があたたかくて、子供の頃の包まれてるみたいな安心感。こんなコミュニケーションがあるのなら人は生きていけると、もっとやればいい。みなみが体調悪かったけどなんとか間に合って、真剣に楽しんでメイクしてくれた、ありがとう。音楽が鳴って、たくさんの人が部屋を行き来して、最後の撮影が終わると拍手が鳴った。またkashiwayaでみることができた新しい景色。沢山の機材を車につめこんで、たばこ吸う。マニキュアだけそのまま。

2024/1/26

日曜日のファッション会に向けてお肌のコンディションをよくするために数日酒をひかえる。ストレッチして深呼吸。炭酸水を飲む。東北のフィルムを現像に送る。今日もとてつもない強風がわたしの行くてを遮ってくる。邪魔なんだよ。

ファッション会に向けてkashiwayaでわちゃわちゃ。バック紙広げてカビの生えたストロボ引っ張り出す。スピーカーから音楽流してライティングテスト。Kpopを経由して洋楽にも射程がのびてきた。Doja Cat「Say So」が3年前にブームになっていたことなんて知らない。ネットによるパラレルワールドは現に存在する。そして今になってわたしの耳に運ばれてきた、身体が骨抜きになって潤うような、なんて素敵な曲だろう。

2024/1/25

午前、いわきの形成外科にかおりさんとウサミと集合、3人みんなでピアスを開けにいく会。わたしは軟骨に開ける(位置でいうとヘリックスというらしい)せいで麻酔を打たれたのでまったく痛みどころか開けてる感触すらない。せっかく身体の一部に穴をあけるのに痛みがなくて、そんなことでよいのか。午後はたまった事務処理多数。最強寒波で山から雪が散ってくる。合間にアマプラでSun Raの映画「Space is the Place」。黒人にとって厳しい社会状況にもかかわらず、貫かれる楽観さに感動。とにかく音楽があなたをもうひとつの運命に導くのだ。乾麺のうどん、出汁も取って丁寧につくる。ハルカは仕事が正念場でしばらく会えない。おいしいものを一人で食べてると寂しい。メールを送るとタワマンの間に月が白く光る写真が送られてきた。
さらにアマプラ「カードカウンター」もレンタルであがってたのでこちらも再生。大傑作。フィルム時代にはなかったこのひんやりと乾いたトーンがなんともリアルに感じられて、それでもぎりぎりで絶望に終わらないラストに震えた。

2024/1/24

東浩紀が初めてスポーツ新聞から取材をうけてその内容がうれしかったと、普通の人間として書いてくれたことがうれしかったそうだ。思想家という気難しそうなイメージとは裏腹にマックでバイトしてたり酒飲んでカメラの前でいえーいとかいってはめをはずしたりするので、一般人とそう変わらないのが親近感があって好きだった。それだけで信用できるというもの。思えば90年代から2000年代はじめにかけて写真学生の頃、極端な偏愛を主張して変なやつでいることが表現にたずさわる人間の条件のように思われていた。そのせいで競って変なやつをみなで演じていた。本当に変なやつはほとんどいなくて、たいがいが演技であるからいずれ無理が生じて、みんな色んな症状を発症させていった。美大出身者たるもの社会と距離を隔てた変人でなければならない、というわけで、そういう時代。それが最近の若い人に会うと変な偏りがない、解放されていて、さわやか。物足りないと思う時もあるけど、むしろ開かれていて自由を感じる。大谷や藤井壮太のように、最近の天才は変人じゃなくなったという記事もみた。かつては天才といえば変人という物語で語られたのが、今は健康でくったくのない明るい天才なのだ。
振り返れば同じく無理をしていた人間であるわたしは、地方に移住してようやくモードが切り替わってきたか、精神の整体作業が進んできたのだ、もともと普通の人間なので(そういうとまわりに否定されるけど)、ようやく普通にふるまえる時がきたと思えば、気分がいい。

 

 

2024/1/20

青森撮影旅、途中恭司さんミカさんせいじと合流。とてつもない強風で三脚をにぎる指がちぎれるかとおもった。せいじが運転して車がすべって雪に突っ込みもう終わったと思った。夜の寒さにとりのこされながらなんとか近所の方のスコップで雪をかきだす。最後はトラックに引っ張り出してもらい、せいじは金を払う。車のアンプが暴発してノイズが止まらなくなり、恭司さんは大事な機材がきがかりで宿まで歩いた。翌日、ノイズを録音して後、車はなんとか応急手当をして気温もあがり、海辺に鳥の姿を探しておだやかに進んだ。最終日はみなで三沢から反対の日本海側、鯵ヶ沢へ。崩れたいか焼きの看板を恭司さんが撮影。ミカさんはテープで海の音を録音。ミカさんから次の移住ステップは鯵ヶ沢だねと言われた。最後に入った素敵な店主の喫茶店は暖炉がきいていて電波が入らず、大きなバタートーストをみなで分けた。

2024/1/13

東北撮影旅3日目。能代から北上して青森に入り鯵ヶ沢までやってきた。夕方から雪が吹ぶいてきて日本海の景色。青森に入るととたんに家々の表情が変わって風景が厳しくなる。車をおりてパシャリ。八代亜紀が亡くなって、演歌も遠くなっていく、逃げるようにさすらう東北はもうないのか、と恭司さんとメールのやりとり。温泉で39度の湯につかると浸透圧が等しく近づくのか、意識が外に流れるような心地。

 

 

2024/1/10

洗濯。りょうくんから買った豆でコーヒー。ハルカと付き合うことになった年末からずっとアタマがふわふわしている。こういうことはこの日記をはじめてからずっとなかったことなので、記録のためにも思ってることをそのまま書いてみたいけど、書くとバカみたいになってしまうので。バカみたいになればいいのだけど。
ピアス穴の形成外科に予約をいれる。サーフィンのウェアについてまるくんと電話。道の駅でラーメン。テレビから能登
の現状、厳しい避難生活が続いている。うちに来ればいいのにと思うが距離が遠い。わりに近い人の家に泊めてもらう、そういうことも難しいのか。ならはCANVASで仕事を少し。帰って明日からの青森撮影旅行準備。ホテルを予約。宿泊先のフレグランスにするため、久しぶりにアトマイザーに香水を注入。もっていく本も選ぶ。冬にききたい音楽があるように、冬に読みたくなる本がある。

2024/1/8

​ハルカが仕事で楢葉にきているので夕方にCANVASで合流、買い物して帰宅。動画をみながらハイボール。XGからTLC、スヌープドッグを経由してBTSの動画をみてるともうすぐに深夜。翌日はkashiwayaでみんなと新年の挨拶を交わして身体を採寸したり、スカート履いたり。夜はウサミの実家でパーティー。夜になると雪が降ってきたので外に出ると街灯のまわりで雪が斜めに勢いよく舞っているので、走り回って雪を投げる。雪が口の中に入った。

 

 

2024/1/5

​昨日はおじさんの家で正月、兄はインフルエンザにかかったらしく体調最悪、病院にいってタミフルをもらう、診察の間に姪っ子と散歩しながら背の高い枯れススキで遊ぶ。駅に送る車でニュジをいっしょに歌った。楢葉に帰って翌朝、インボイスの登録番号が届いたので請求書乱れ打ち。振込、洗濯、そうじ。布団も干す。バッテリーがいかれたデリカ、保険のロードサービスに来てもらって長い時間をかけてなんとかエンジンを始動、そのままガソスタでバッテリーを交換、やっと復活。買い物、灯油を補充。地震の速報を確認、ポリタス津田大介による大変貴重な現地報告に目を見張る。

2024/1/1

​寝不足だったのでだいぶ長いこと寝た。初夢は見ず、あるいは忘却。とりあえず久しぶりにギター。年越しの準備がまったくできず、スーパーはすでに元旦で閉まっている。コンビニで買えるもので補っておでんカレーつくる。実家から運んだ本棚の整理。アマプラでBTSの釜山ライブみながらハイボールやるとどんどんいってしまう。もらった本ハン・ガン著「そっと静かに」読む。地震。

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